コカイン逮捕で思い出す「勝新太郎」、保釈のピエール瀧とはスケールが違い過ぎてア然

エンタメ 芸能 2019年4月6日掲載

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1年半ぶりの帰国

 91年5月12日、実に482日ぶりの帰国となった。帰りの便もやはり中華航空だった。当然、マスコミ陣も同じ便に乗り込み、感想を求めるが、「ただ帰るだけ」とつぶやき、2階のビジネスクラスへと上がっていく勝新……。だが、羽田に着く30分ほど前になると、「言っておきたいことがある」と記者を集めた。すでにベロンベロンに酔っ払っていた勝新、帰国の理由について聞かれると、

勝新:オレが日本に帰るのは兄貴(若山富三郎[1929〜1992])の体が悪いからじゃないんだ。アメリカで今後5年間は仕事をできないから(コカインは日本から持ち込んだのではないと)アピールしたかったんだけど、裁判には時間がかかって仕方ない。そしたら社会党の女の人が「勝の件は青少年のためによくない」と言い出した。でも機内でもらったにせよ、日本でもらったにせよ、オレが悪いことは悪いんだよ。なにも「汚れた顔の天使」のつもりじゃないんだ。

 国会で取り上げられたことを知っているようだ。ちなみに「汚れた顔の天使」とは、1930年代後半に公開された米国映画である。

勝新:誰かがアドバイスしたと言う人もいるけど、飛行機の中で(コカインを)もらったのは本当なんだ。日本から持ってきたと言うけど、オレがどうやって日本でもらったんだよ。警察がオレに「はい、実は日本から持ってきたんです」と言わせるかもしれない。そういうことになるんなら、それはそのほうが早く出られるからなんだ。兄貴に万が一のことがあれば、間に合わなくなる。それなら警察の言い分を認めて「日本から持ってきた」と言えば罪が軽くなるだろう。

 まだまだ続く。

勝新:もしもシナリオを書いたとしても、こんなに長編で面白いものにはならないんじゃないかな。たくさんの人を楽しませただろう。人に迷惑をかけているかもしれないが、マスコミの商売には貢献したはずだ。これからオレが捕まって手錠がかけられる。三浦和義(1947〜2008)みたいな哀れな姿を撮影したいんだろう? 警察がオレを罪にすれば、勝は権力に負けたことになる。でも負けないためにオレは闘うんだ。警察には何もしゃべるなと言われたが、みんな(報道陣)が待っているのがわかったので、いろいろ話した。大統領や総理大臣には代わりがいるだろうが、オレの代わりはいないんだ!

 独壇場である。一説には、機内のテーブルにはビールと共に「推定無罪」の文庫本が置いてあったとか……。ともあれ、482日ぶりに羽田に着いたのは12日の昼過ぎ。

「まず警視庁保安2課の捜査員2人が機内に飛び込み、捜査員に囲まれて勝新も降りてきました。500人近い報道陣が待ち受ける中、紺色のジャケットに白いズボンにサングラス、なぜかやけにツバの広い麦藁帽子を目深にかぶってました。感想を求めると、『帰ってきたゾ』のひと言だけ。カメラのフラッシュが煌々と焚かれる中、舞台の花道を歩くかのように入国管理局へと入っていきました」(同・芸能記者)

 警視庁はすでに米側の捜査報告書、起訴状、判決文、所持していたコカインなども入手し、11日には麻薬取締法と大麻取締法違反(いずれも密輸出)で逮捕状を取っていた。だが、入国を済ませた勝新を、すぐに逮捕はしなかった。任意同行を求め、この日だけで8時間近くの取り調べを行ったが、自宅に帰した。

 以後も連日、任意での出頭を求められ事情聴取に応じていたが、3日目の14日には、母の墓参りに立ち寄ったとして2時間半の遅刻。翌15日も警視庁に赴いたが、4日連続となると、さすがに疲れが出てきたようで、病院へ。16日からは取り調べを拒否した。

「警視庁としては密輸出の事実と麻薬の入手ルートを知りたいわけですが、勝さんは、『もし国内から持ち出したと言えば、相手に迷惑がかかるでしょうね』などと仮定の話を持ち出しながらも、『機内でもらった』と言い張り、口を割らなかったそうです」(同・芸能記者)

 だが、逮捕状にも有効期限がある。最終的に5月21日、勝新は逮捕された。そこでとんでもない発表が警視庁からもたらされる。

「帰国直後に尿検査をしていたそうなのですが、その成分から、帰国前夜のホノルルで、性懲りもなくコカインを吸っていた事実がわかったというのです」(同・芸能記者)

 身柄を送検された勝新は、あくまでも「機内でもらった」と言い張って、日本からの密輸を否定。しかし、検察は機内でもらったという巾着と同じブランドのバックが自宅にあることや、機内で受け取った形跡もないことから、6月12日に麻薬・大麻取締法違反(密輸出)で東京地裁に起訴した。

初公判で「入りはどうです?」

 7月23日、いよいよ初公判である。のちに「週刊文春」(92年5月14日号)で公開された拘置所内で書かれた勝新の手記(メモ)にはこうある(以下、引用の改行を省略)。

 法廷に入る直前の看守とのやりとりでは、

〈客の入りが気になって、看守さんに、「入りはどうです」「超満員です」〉

 法廷に入った後も、

〈しかし、やっぱり客席が見たい。TVで見なれた顔、顔を大勢見た。梨本リポーターは一番前の席に座っていた。舞台の客とは違うけど、客席から伝わってくる雰囲気は同じだなと思った〉

 勝新にとっては、自分の裁判も舞台なのである。その法廷で注目されたのは供述内容だ。

 検察が明らかにしたものでは、彼はこう供述したという。

「大麻は自分に合っているようで気分が良くなる。食欲が出る。コカインは鼻の周囲がシビれて合わない。覚醒剤はイライラする。LSDは1度だけ」 

 検察で何を言っているのだろう。問われてもいない覚醒剤やLSDについても、麻薬評論家の如く、使用感を披露するとは……。

 検察が懲役2年6カ月を求刑し、実刑やむなしとの声も高まる中、92年3月27日、判決が下された。

 懲役2年6カ月、執行猶予4年。裁判長は「機内でもらった」など勝新の言い分は認めなかったが、執行猶予とした理由を以下のように述べている。

〈長期にわたる薬物の使用歴があるなど悪質。被告は反省の態度も示さず実刑に処す考えもあるが、持ち込んだ量は少量で、この事件により、映画やコマーシャルの仕事を失ったなどの事情もある。今回に限り自力更生の機会を与える〉

 これを聞いて喜んだのは、もちろん被告・勝新である。裁判長にこう言っている。

「ども、ありやとうした!」

 禊ぎの会見は4月17日、全日空ホテルで行われた。金屏風の前に現れた勝新は、黒の和服に袴姿。4月2日に亡くなった兄・若山富三郎の喪に服した格好だった。

――懲役2年6カ月、執行猶予4年の刑についてどう思うか?

勝新:「もっと闘え」なんて声もあるが、執行猶予はオレにとってアカデミー賞をもらったような気分だ。よーし、明日からまた(映画が)やれるとね。

――今でも無罪を主張するか?

勝新:心の中では無罪だと言いたい。だが、飛行機の中でもらおうと、そうでなかろうと、いけないものを持っていたことはいけない。その点では有罪だ。

――控訴を断念したのはどうしてか?

勝新:刑務所にいるよりは、有罪でもここにいて何か作ろうと思っている。だから刑はありがたくお受けしたいし、これをジャンプ台にして明日に向かってデビューしたい。

――麻薬について考え方は変わったか?

勝新:覚醒剤はオレに合わなかったけど、マリファナを吸ってずいぶん助けてもらったのも事実だ。まあ、それが麻薬なんだろうし、やってる人がいたら、やめろと言いたい。もう、麻薬と聞くと、いやだね。

――事件を振り返って、どう思うか?

勝新:ファンの人には、2年間も座頭市が見られなかったのは申し訳ない。しかし、新聞なんかで書かれていることを読むと、自分のことでなければ本当に面白い。きっと、みんなも楽しんでくれただろう。でも、また楽しませてくれって言われれば、それはお断りだね。

 確かにハワイで逮捕された後も、これほど視聴者を楽しませた犯罪者はいない。むしろ出番は増えたような気さえしたものだ。勝新はその後、舞台では夫婦共演するなど話題を提供したが、映画では「焚き火をしてたら大麻も一緒に燃えて村人と一緒に踊り狂う『座頭市』」なんてアイデアもあった(勝新と親交のあったビートたけし[72]談)らしいが、結局「浪人街」が遺作となった。

週刊新潮WEB取材班

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