NHKディレクターが探検家を嫉妬の対象にしようと決めたワケ 対談・国分拓×角幡唯介

IT・科学2019年2月9日掲載

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 アマゾンで100年語り継がれる伝承を書いた『ノモレ』、北極圏の闇夜を80日間ひとりで冒険した記録『極夜行』。8年前に大宅壮一ノンフィクション賞を同時受賞したNHKディレクター・国分拓さんと、ノンフィクション作家、探検家・角幡唯介さんが、今あらたに目指す到達点とは。第3回は、これからの挑戦について。

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角幡 国分さんは朝日新聞のインタビューで、「普遍的なものを書きたい」と応えていましたね。

国分 腐らない、錆びないもの。「ニュースではない」ものに挑戦したいんです。

角幡 分かります。全人類的なテーマですよね。僕がやっている冒険は極めて私的なことです。世の中の人にとっては、どうでもいいことでしょう。ただ、僕がやりたい、私的なことを究極まで煮詰めると、僕というひとりの人間の極限状態から、普遍的なものが浮かび上がるのではないか。そこから何かすくい上げて書くことができれば、それは普遍性を帯びるのではないかと、最近考えるようになりました。『ノモレ』は国分さんが三人称を使って、普遍性に挑戦した作品と思っています。

国分 沢木耕太郎さんの『檀』を初めて読んだとき、それまでの作品と違うのでとても驚きました。でも、あとで気づいたのは、檀一雄・ヨソ子夫妻についての作品でありながら、普遍的な愛の形にまで昇華されているということです。今では大好きな作品です。いつか、沢木さんのように普遍的な地点に至るまでにテーマを昇華させて書いてみたいです。どうやっていいかはさっぱり分からないんですけどね。ノンフィクションより、小説の方が昇華できていますよね。

角幡 それが、小説の役割でもあるのではないでしょうか。ドキュメンタリーとしての「ヤノマミ」は普遍性に到達できていないですか。

国分 それはないですね。日本でそう思われるだけで、あの番組をヤノマミ族が見ても、さっぱりおもしろくないでしょうから。そういう意味で、普遍性まではいっていないでしょう。

 ところで、角幡さんは日本国内でやりたい冒険はありますか。

角幡 今は関心が完全に北極圏に向かってしまっていますね。

国分 取り憑かれちゃったんですね。

角幡 国分さんにとってのアマゾンと同じかもしれません。北極圏に行くたびに、「俺はなんて極地の旅が下手なんだろう」と思ってくやしい。現地のエスキモーを見ていると、彼らのように旅をしてみたいという気持ちが高まっています。
『極夜行』は、我ながら良く書けたなと思うんです。探検としても充実していたし、闇の中で何カ月間もかけ、太陽を見るために旅をするという新しいことができたという思いもある。だから、書き終えたあと、自分が追い求めていたものを成し遂げて、一段落ついてしまったんです。『極夜行』の冒頭に妻の出産の場面を書きましたが、2013年に生まれた娘がかわいかったり、家庭生活の変化や年齢的なものがあり、目標を見失いかけたんですね。

 そこで、2018年の春、闇夜ではなく明るい季節に75日間かけて、無理矢理旅しました。今、その旅のことを書いています。出発前は「グリーンランドの旅はこれで最後にしよう」という気持ちもあったんですが、「俺は、この土地をもっと深く知りたいんだな」と気づかされたんです。旅の途中で「このアザラシを捕れると、もっと北に行けるな」と思った場所があった。それで覚醒してしまったんです。
 食料を現地調達できれば、理論的には無限に旅をつづけられる。そのためには、どこに獲物がいるのか、そうした土地の知識や経験が不可欠になる。もっとこの地方に通って、土地の知識を増やし、狩りのできる場所を自分の世界として獲得できれば、活動領域が面的にどんどん広がるわけです。これって従来の目的地を定めて、そこに邁進する冒険とは正反対のやり方なんですね。目的地に到達するために一直線に突き進む近代的な方法論では、どうしてもその目的地の途中にあるものは無意味なものとして切り捨てられてしまうけど、狩りを前提にすると途中の土地の潜在力を生かしながら旅をすることになり、切り捨てられた土地を生き返らせることにもなる。そういう昔のエスキモーみたいな旅をしたいので、50歳くらいまでは同じ地方に通って自分の活動領域を広げたいんです。

国分 単独行ですか。

角幡 今までは犬1頭と一緒に人力で橇を引いてましたが、これからは犬を8~10頭に増やして犬橇で行こうかと思っています。ただ、人間は僕ひとりで行く予定です。

『ヤノマミ』で、シャーマンのシャボリ・バタは良い土地を探して50年近く森を歩いたとありますね。あの旅が理想です。年齢的にあのシャーマンほどの時間は残されていないですが、グリーンランド北部で「良い土地」つまり「獲物のいる土地」を探して旅をしたいんです。「良い土地」を探す旅をつづけることで、人間はなぜ旅をするのか、未知なる場所を目指すのか、その始原に行為者として近づけるかもしれない。そんな期待が自分にあります。

国分 『極夜行』で麝香牛を探して勝負に出ましたよね。狩猟には散弾を使うのですか。

角幡 いえ、ライフルです。大きい獲物は散弾では無理ですね。白熊なんて、ライフルの弾が当たったのにもかかわらず、逃げていきましたから。

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