NHKディレクターが探検家を嫉妬の対象にしようと決めたワケ 対談・国分拓×角幡唯介

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原始の感覚はどこに

国分 身体的なことで聞きたかったことがあります。「人間は言葉より先に踊りがあった」と『ヤノマミ』のナレーションをしてくださった舞踊家・田中泯さんがおっしゃったことがありました。言葉以前に、人間は何らかの身体表現をした。現代ではもう失われているけれども、人間の体のどこかに残っているのではないか。それを田中さんは探すために踊っているというのです。この言葉を聞いたときは感激しましたね。
 僕程度の人間ではそういった原始的なものをフィジカルに探そうと思っても、見つけられない。角幡さんはそういうものを感じ取ったことがあるんじゃないかと思ったのですが。

角幡 残念ながら、ありませんね。僕は言葉や論理、脳みそで理解するタイプの人間ですから。『ヤノマミ』のシャーマンに通じるような能力は僕にはなくって、それをコンプレックスに思ったこともありました。でも、そういった感覚が欠けていること自体、今は強みでもあると思っています。

国分 僕は論理の人間でもないので、極限状態で原始的なものが出てくるのを身体的に感じてみたい。でも、死ぬときくらいしか可能性がないのかもしれません。

僕らも皆イゾラドだった

角幡 ところで、昨年12月に放送されたNHKスペシャル「アウラ 未知のイゾラド 最後のひとり」を見ました。言葉が通じる同じ部族がひとりもいなくなったアウラの後姿に、目頭が熱くなりました。人類史の最後の一滴を見る思いでしたね。
 もともとイゾラドなどとは呼ばれなかった、どこででも普遍的にみられた人類の伝統的な暮らしが、文明が侵食したことで、その視点によってイゾラドとして勝手に分類され、生活圏を圧迫されて、そして消えようとしている。何万年もつづいてきた人類の営みが、今、この時代に終わろうとしている。深い哀愁がありましたね。

国分 僕らも元を正せば、イゾラドだったわけですからね。

角幡 「アウラ」はアマゾンの番組の集大成ですか。

国分 そういう気負いはまったくなくて、これで「終わり」というだけのことです。

角幡 2003年放送の「沢木耕太郎 アマゾン思索紀行」で、アウラともうひとりのイゾラド、アウレを撮ることで始まったアマゾン取材が今回の「アウラ」で終わるわけですね。思い入れがあるのではないですか。

国分 ありますね。その思い入れは、49分のNHKスペシャル版よりも、85分の4Kバージョンの方に反映されていると思います。ある対象をテレビ番組でセンセーショナルに取りあげて、終わったら次のテーマに移る。テレビ屋として、なんら恥じることはないのですが、どこか心に引っかかってはいるんです。アウラは、その後を見届けたいという思いがあったので、最初の取材から17年を経て再度取材し、番組を実現できたのは良かったですね。

角幡 アマゾンの取材はもうされないんですか。

国分 日本の番組を作りたいんです。この10年で、自分の言語で取材したのは「3.11 あの日から1年『南相馬 原発最前線の街で生きる』」だけですから。

角幡 インタビュー取材ということですか。

国分 日本語でダイレクトに、膨大な人に話を聞いてみたいんです。ブラジルでは、ポルトガル語で言葉の掛け合いくらいはできるのですが、今角幡さんと話しているようにじっくり対峙はできません。他言語ですと通訳を挟むので、2時間もやっていると疲れてきてしまいます。
 それに、もう番組制作の後に書くのはやめて、書くためだけに取材してみたい。僕はものを書こうと思って現場に行ったことがないんです。書くために現場に行って、人に会わないと、角幡さんと同じ土俵には上がれないですからね。

角幡 いや、同じ土俵に来られても困りますけど(笑)。

国分 僕は元々男女関係や職場でも嫉妬を抱いたことがありません。野心はあっても嫉妬はできないので、自分がある種ダメな人間じゃないかと思っていたんです。『極夜行』を読んで、角幡さんを嫉妬の対象にしようと決めたの(笑)。

角幡 何なんですか(笑)。嫉妬って、そういうふうに決めて持つ感情じゃないでしょう。

国分 もちろん、僕にはあんな冒険はできませんけどね。『極夜行』に「35歳から40歳は、体力的にも、経験値と感性においても、もっとも力を発揮できる時期だ」というようなことを書かれていますね。僕は今53歳ですから、「俺はその頃、タバコ吸って酒飲んでただけじゃん」と愕然としましてね。そのことを自覚して、その前から計画して、資金も貯めて、実現にこぎつけて書いたということに嫉妬があるんです。人生における大切な時期に「何もしなかった俺」と「きちんとやった他者」の間で、激しく嫉妬しましたね。もう取り戻せないから。

角幡 『極夜行』に書いた中途半端な人生論のことですね。42歳(対談当時)となった今、僕は40歳から50歳が一番なのではないか、と思ってますけどね(笑)。

国分 番組の取材を基に書くのは、あと1冊ぐらいで終わりにしようと思うんです。

角幡 それはアマゾンとは別ですか。

国分 アマゾンです。

角幡 やっぱりアマゾンじゃないですか!(笑)

国分 今は、書き出しの候補が20くらいあります。完成は5年後くらいになりますかね(笑)。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)ノンフィクション作家・探検家

国分拓(こくぶん・ひろむ)NHKディレクター

2019年2月9日掲載

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