“テレビ番組としてヒットさせる”と自らに足枷をかけた「最後のイゾラド」 対談・国分拓×角幡唯介

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 アマゾンで100年語り継がれる伝承を書いた『ノモレ』、北極圏の闇夜を80日間ひとりで冒険した記録『極夜行』。8年前に大宅壮一ノンフィクション賞を同時受賞したNHKディレクター・国分拓さんと、ノンフィクション作家、探検家・角幡唯介さんが、今あらたに目指す到達点とは。第1回は、映像と書籍の違いについて。

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角幡 『ノモレ』を読んで、国分さんに会いたくなって対談を申し込みました。

国分 お会いするのは5年ぶりでしょうか。僕も『極夜行』を読んで話をしたいなと思っていたんです。読んで衝撃を受けたものですから。衝撃というのは、読んでいて何度も笑ってしまった、筆の力で笑わされてしまった、ということなんです。過酷な状況下での笑いって「逆説」じゃないですか。それって、愛を描くために暴力を題材にするとか、悪を描くために善人しか登場させないことと一緒で、「いつかはきっと」と心に秘めていた描き方だったんです。だから読後は少し落ち込んじゃって。悔しいけど、素晴らしかったです。

角幡 ありがとうございます。
『極夜行』はどのように書けば文章作品を自分の経験に近付けることができるか、かなり考えました。自分で言うのも何ですが、あの本は「闇から光を見る」という崇高な話なんです(笑)。でも、崇高なものってまともに書くと胡散臭くなりますよね。だからその崇高さを可能な限り薄めたいと思って、あえてキャバクラや犬に尻をなめられたなど下世話な話もたくさん入れました。下ネタに拒否反応する人も、良かったと言ってくれる人もいましたね。「なんであんなこと書くの」とうちの奥さんにも言われました(笑)。ただ、僕の人間性を知っている昔からの友人なんかは、あの本が素の僕が出ていると思うんじゃないかな。基本的に下ネタが好きなんです。本来はふざけた人間なんです。

国分 先日の再放送を見ましたが、ETV「極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅」も素晴らしかった。氷床の高さなど、僕みたいに実際に見たことがない読者は分からない。『極夜行』は想像を張り巡らせて読みましたが、映像ではどんなものなのか見ることができましたからね。それに、書籍よりも映像の方が、角幡さんが「常人ではない」ことがよく分かりましたよ。
 ご自身で撮影をされる際は、どんな機材を使ったのですか。

角幡 SONYのα7です。カメラのレンズが薄くて、一番暗闇の撮影に向いているということで、カメラマンに渡されて使いました。まさか番組になるとは思っていかなかったんですが、元々知り合いだったフリーの番組ディレクターの亀川芳樹さんとカメラマンの折笠貴さんに「撮らせてくれ」と言われてましてね。一度は断ったのですが、僕としては、わざわざ現地シオラパルクまで自腹で来てくれた2人への義理の気持ちもあって、撮影しました。
 ですから、テレビ番組は亀川さんの作品だと思っています。自分はあくまで素材を提供しただけなので、正直なところ、そこまでの思い入れはありません。
 それに番組では、ブリザードとか大変な場面では撮っていないので、「全体像が伝わっていないな」とも思うんです。番組になるのを想定していなかったので、余裕のあるときしかカメラを回せなかったんです。極夜で寒くて暗いから撮影には限度がありました。
 ところで、『ノモレ』を書き終えての手応えはありましたか。

国分 僕はテレビ番組を含め、自分の作品に満足したことはありません。どうしても、「もっと上に登れたんじゃないか」という思いばかりで。結局ここまでだった……としか思ったことがありません。

角幡 『ノモレ』の元となったNHKスペシャル「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」は最近まで見ていなかったんです。ちょうど放送された2016年8月は海外にいましたから。帰国して、番組がすごかったという話をあちこちから聞いて、嫉妬したんですよ(笑)。
 地図の空白部に行くとか、未接触部族に会うといった、いわば従来型の地理的探検には『空白の五マイル』で自分なりに決着をつけたつもりでいました。いつまでも地理的探検なんかやったって新しい表現にならないから、別の方向性の未知を探りたい気持ちが強かった。でも、やっぱり未接触部族に会ってみたいという気持ちが心のどこかにあって、それを『イゾラド』がやっちゃったわけだから、怖くて見れなかったんです。
 確か、前にお会いしたとき、文明を知らない人々「イゾラド」の話も聞いていました。番組の良い評判を耳にして、「くそ、やられたな。本当にイゾラドに会いに行ったんだ」と思いまして。先日、再放送を拝見しましたが、番組と『ノモレ』はずいぶん違いますね。
 番組は、イゾラドと接触した衝撃に重点を置いたドキュメンタリーですよね。『ノモレ』冒頭の、1902年にゴム農園で起きた、奴隷にされた先住民による、実在の事件などが番組にはまったく入っていないのはどうしてですか。

国分 「最後のイゾラド」制作のときは、自分に足枷をかけようと決めたんです。テレビ番組としてヒットさせるという足枷です。それまでずっと好き勝手やらせてもらっていたので、一度ぐらいは視聴率を取りに行くぞ、と。そうなると、『ノモレ』に書いた、小さい集落で100年間語り継がれた伝承や先住民の若い村長の思いなどは、僕からすればテレビ的ではない。自分としては、そう冷徹に判断したつもりです。

角幡 「最後のイゾラド」で、カメラマンがボートに乗って川を渡ってイゾラドの家族と接触しましたが、なぜ国分さんは行かなかったんですか。

国分 1回に1人しか同行できない、ということで、とにかく映像を撮るために最初はカメラマンが行きました。僕は2回目に行くつもりでした。
 あのときのカメラマンは、『ヤノマミ』でも同行した菅井禎亮さんです。その菅井さんが接触から戻ってきて、「絶対にやめろ」と言うのです。僕は行きたいと主張したのですが、最後は菅井さんに怒鳴られたりして、あきらめましたね。

角幡 どうして止められたのですか。

国分 菅井さんが言うには、我々との接触で「何か」を変えてしまう可能性が高いと。要するに、彼らを「汚す」恐れがあるということでした。テレビ番組としては映像が撮れていれば良いから、私が行くのはあくまで野次馬根性を満たすためですよね。だから、止められたんです。
 でも、がっくり来たんですよ。免疫のないイゾラドと接触するためには感染症があってはいけない。ですから、何年もかけて予防接種を20本くらい打っていたんです。あの注射は何のためだったのか(笑)。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)ノンフィクション作家・探検家

国分拓(こくぶん・ひろむ)NHKディレクター

2019年2月7日掲載

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