潜水艦「なだしお」の衝突事件から30年 隠された“計画”と当事者たちのその後

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「なだしお」東京湾衝突で「隠されていた真実」(下)

 1988年7月23日に起きた釣り船「第一富士丸」と潜水艦「なだしお」の衝突事故は、当時、大きなニュースとなった。

 2001年、週刊新潮はノンフィクションライターの祝康成氏(現在は「永瀬隼介」の筆名で活動中)による「潜水艦『なだしお』と釣り船東京湾衝突で『隠されていた真実』」を掲載し、事故から13年を経て衝撃の真実を報じた。なだしおの乗組員たちが口裏を合わせて隠そうとした、ある一事とは……。(※以下は01年5月17日号掲載時のもの)

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 そのトラブルは、何の前触れもなく勃発している。

 昭和63年7月23日午前7時30分、横須賀港を出港した潜水艦「なだしお」は8時30分過ぎ、浦賀水道を南下中だった。

 伊豆大島東方海上で行われる展示訓練(公開訓練)の前に、なだしおは確認したいことがあった。N1と呼ばれる最大戦速である。自衛隊関係者が語る。

「展示訓練に備えて、エンジンチェックの意味でN1を実施したのです。しかし、N2と呼ばれる前進強速(11ノット)では何の問題もなかったのに、スイッチをN1(12ノット)に入れた途端、機器に絶縁不良が発生した。絶縁不良は漏電火災につながる重大なトラブルです。速力を変えながら調べると、ソナーに関係する系統で発生していることが分かった」

 だが、N1に入れた時に限って、なぜ絶縁不良が発生するのかが分からない。なだしおは予定通り展示訓練に参加したものの、トラブルの原因は不明のままだった。

 訓練を終えた正午過ぎ、機関長の古澤富雄が、艦長の山下啓介にこう進言している。

「もう一度、最大戦速にして原因を突き止めたいのですが」

 山下は了承し、ここに最大戦速の再試験が決定した。第一富士丸との衝突事故まで、あと3時間余りだった。

 実は、海難審判が進行している間、横浜地方検察庁は、第一富士丸の近藤万治となだしおの山下啓介への業務上過失致死傷害罪等を問う刑事裁判に向けて、密かに乗組員らの事情聴取を続けていた。

 彼らは検事に対し、恐るべき事実を語っている。なだしおの乗組員は、30人の民間人の命を奪った惨劇に深くかかわる“秘密”を抱え、苦悩していたのである。

 事故当日、艦内で操舵員を務めていた武藤寿一の供述を紹介する。事情聴取は平成元年11月1日。事故から1年3カ月余が経過していた。

「今回の事故後、私が同僚と事故の状況につき話していた際“ああいう所でN1運転をやろうとしたことがまずかったんじゃないか”という話が出たのです。つまり、浦賀水道の近くであり、船舶が多く航行しているところで、最大戦速を使って、一種の性能検査をやるのはマズイという意味だったのですが、私も確かに、そうした場所でそういう検査をやるのはマズイと思い、従ってそのことを言わないほうが良いと考え、海上保安庁等では話をごまかしてしまったのです」

 なぜ、船舶がひっきりなしに通過する浦賀水道で、よりによって最大戦速を出そうとしたのか? その疑問に、副長の太田拓生が答えている。

「N1運転を実施する場所については、浦賀水道を横断し終わって、入港準備に入るまでの間であると聞きました」

 浦賀水道を横断――なだしおは、浦賀水道を横断し、横須賀港へ向かうまさにその時、南下してくる第一富士丸と衝突している。次いで、太田の供述は浦賀水道でN1を実施しようとした理由に言及する。

「N1運転によって、再び絶縁低下の異常が起きて回復しないことを恐れ、基地に近い所でやった方が良いという判断でした」

 つまり、海上で停止してしまっても、基地のある横須賀港が目の前なら、専門の技術者を招くなり、艦を曳航して貰うなり、あらゆる処置が可能というわけだ。

 衝突事故までの経緯を検証してみる。洋上に突き出た艦橋には、山下艦長と太田、それに荒井藤男哨戒長、見張員の4人がいた。以下、太田の話を続ける。

「浦賀水道の5番ブイの前後頃か、“錨地まであと5マイル”の令達のあった頃に、私は間もなく浦賀水道を抜けるので、N1運転の実施の準備をしておいた方が良いものと思いました」

 浦賀水道には、船長50メートル以上の大型船を対象にした特別の航路があり、目印としてブイが設置してある。そして船長76メートルのなだしおは、この航路を通る義務があった(第一富士丸は28.5メートルで対象外)。なだしおは5番ブイの地点で左に進路を取り、横須賀港へ向かって横断を始めている。

「山下艦長からN1運転の実施を準備させるようにとの指示を受け、艦橋から7MCで発令室等に対して“浦賀水道通過後、N1運転の確認を行う。この件、機関長に知らせよ”という指示を致しました」

 MCとは艦内の通話網のことで、別名テレトークとも呼ばれる。艦内には通話の系統によって複数のMCが存在する。艦橋からの命令により、運転室にはN1運転に備えて乗組員が配置された。だが、この後、MCを使って衝突直前に交わされた通話内容が、後に物議を醸すことになる。

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