民主党OBたちが忘れ去りたい「間抜け」な失敗

政治2018年6月27日掲載

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幻想の予算削減

 内閣支持率が下がっても、立憲民主党など野党の支持率が代わり映えしない最大の理由が、2009年の「政権交代」で多くの国民が味わったガッカリ感にあるのは間違いない。なにせ主要メンバーのほとんどが「あの時の民主党」のOB、OGなのだ。

「無駄遣いをなくし、利権をなくしていき、使い道を変えていけば万事OK」

 ここまで単純ではないにせよ、これに近い幻想を振りまいたものの、あっという間に頓挫したことをまだ憶えている人が多くいるのだ。

 しかし、ではなぜ彼らはそんな幻想を振りまいたのか。嘘だとわかりながら言い張ったのか。それとも無知だったのか。

 元経産官僚の宇佐美典也氏は、新著『逃げられない世代――日本型「先送り」システムの限界』の中で「民主党政権はなぜ予算削減に失敗したか」という項を設けて、そのメカニズムをわかりやすく解説している。

 簡単にいえば、「無知だった」となるだろうし、贔屓目にみても「無計画だった」ということだろうが、もう少し詳しく、同書をもとに見てみよう(以下、引用は同書より)。

 民主党が2009年~12年の間に採用した予算の「ムダの削減アプローチ」。その象徴が「事業仕分け」だった。かの蓮舫参議院議員の「2位じゃダメなんですか?」は一躍流行語となった。

 テレビカメラを前にした、多分にパフォーマンス的な「事業仕分け」は当初、大きな期待を集めることとなる。

 もっとも、その効果は乏しかった。

「民主党は政権交代前のマニフェストでは『ムダの削減により16・8兆円捻出する』ということを言っていましたが、実際に事業仕分けで削減できた予算額は1・6兆円とわずかでした」

 なぜこうなったのか。宇佐美氏は理由は大きく二つあるという。

「一つは長期的な傾向として2000年代に入り社会保障費が拡大する過程で概ね他の分野の予算は縮減してきたため、民主党が政権を取った頃には追加的な削減余地が限定されていたことです」

 要するに、すでに自民党時代にかなり削減していたので、さらに削るのは困難だったということだ。

 たとえば公共事業費は1998年度の14・9兆円をピークに、縮減していき11兆円程度になり、さらに小泉政権の構造改革で8兆円にまで下がっていた。

 その後、リーマンショック対策で再び膨れ上がり、政権交代直前には9・5兆円となる。

 民主党政権がここにある程度斬りこんだのは事実だ、と宇佐美氏はいう。

「(民主党政権は)政権交代からの2年弱で4・2兆円ほど公共事業関係費を削減しています。そして12年度は公共事業関係費について当初4・6兆円という予算を組み、政権交代当初の半分以下の水準まで減らします。

 これはかなりの緊縮財政といってもよく、民主党政権も公共事業関係費の削減に関しては約束を守ろうと必死の努力をしていたと言えますが、東日本大震災が起きたことによりこの流れが止まります」

 もともと公共事業の予算の削減の幅は限られてはいたものの、ある程度は実行できていた。が、震災以降はそうした削減も不可能になったということである。

 見込み違いがこれだけならば、おそらくもっと同情が集まったことだろう。が、問題はそれ以外の理由もあった点だ。

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