「高倉健」三回忌、養女が“終の住処”に大豪邸を建築 遺族との調停つづく

芸能週刊新潮 2016年11月10日神帰月増大号掲載

 苦境にあってひたすら耐える「我慢の美学」で銀幕を彩ってきたのが、健さんこと高倉健(享年83)である。11月10日には早や三回忌を迎えるのだが、遺された者たちの織りなす人間模様を眺め、あるいは草葉の陰で背中を震わせているやも知れないのだ。

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 健さんが亡くなるまで住み続けたのは、東京・世田谷区の閑静な住宅街に建つ豪邸である。鬼籍に入ると、850平方メートルの土地ともども、養女(52)が相続した。

「ここにはかつて、健さんが江利チエミと暮らしていた家がありました。ですが、1970年に火事で全焼してしまい、その後86年、延床面積440平方メートルと316平方メートルの2つの邸宅を新築したのです」(健さんを知る関係者)

現在は解体工事が終了し、新築工事が始まった

 後に養女となる女性と20年前に出逢うと、この2棟は内部で行き来が出来るよう改装されたという。で、現在、小さい方の棟が建て直し工事の只中にある。

「相続しておよそ1年後、彼女はこの棟を、自身が代表を務める個人事務所『高倉プロモーション』に売却しています。今年5月から始まった解体作業は2カ月ほどで終わり、秋口から新築工事が始まりました」(同)

 工費はざっと1億5000万円。竣工は来春の見通しだという。新たな邸宅の主となる養女はしかし、いまだ遺族間で少なからぬ軋轢を抱えたままなのだ。先の関係者が明かすには、

「健さんの遺族、なかでも従兄弟らは、養女が取り仕切った密葬では焼香すら叶わなかった。遺骨を管理する彼女に対し、一貫して『分骨してほしい』と求めていたのですが、聞き入れられませんでした」

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■動き出す養女

 双方の話し合いでは解決といかず、ほどなく事案は、東京家裁での調停へと持ち込まれるに至った。

「第1回調停は9月下旬に行われ、養女側は『遺骨については遺言にもとづき、すでに故人ゆかりの各地で散骨した』と明かしました。これに対し従兄弟らは、その遺言書の開示を求めているのです」(同)

 10月下旬に開かれた第2回調停でも双方は平行線をたどり、進展はみられなかったという。

「ひとくちに散骨といっても、自治体によっては条例で不法投棄と見なす地域もある。彼女の説明が、にわかに受け入れがたいのも道理でしょう」(同)

 そうした中、当の養女は“節目”とともに動き出す気配を見せている。

「三回忌にあわせ、生前に健さんがクレジットカード会社の情報誌に連載していたエッセイをまとめた本が出版される予定です。また、これも養女の企画立案で、全国を巡回する『追悼特別展 高倉健』が催されます。4月には彼女自身、主催する毎日新聞社の本社で『最初で最後になると思います』と、力のこもった挨拶をしていました」(同)

 すでに、調停の相手である従兄弟側にも展覧会の案内状が届いているというのだ。が、健さんの甥にあたる森健氏は、

「調停については、関知していないのでわかりません」

 としながら、こう嘆く。

「法律的には彼女がすべてを相続することは仕方ないと納得しています。ただ、ゆかりの者が手を合わせる場所がなく、あったとしてもその場所を教えてもらえないというのが、残念でなりません」

特大ワイド「ふりむけば百鬼夜行」より