初優勝の豪栄道、恩人の葬式を欠席…野球賭博には「答えられない」

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 15勝0敗。大関の豪栄道(30)は秋場所で初優勝を飾ったが、この星取表の陰には実は「黒星」がふたつ隠されていた――。貴乃花以来となる20年ぶりの日本出身力士の全勝優勝を成し遂げたものの、彼には決して消し去ることのできない「汚点」があるのだ。

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星取表は「15勝2敗」

〈愛情をくれた境川親方に贈る優勝〉(9月25日付スポーツニッポン)

 豪栄道が優勝を決めた翌日のスポーツ紙には「現師匠」との師弟愛を強く押し出す見出しが躍った。だが、

「豪太郎(豪栄道の本名)に会ったら伝えてください。『なぜ来られなかったのか? お前は子どもの頃のことを忘れたのか? 俺の親父こそ、本当の師匠じゃないのか?』と」

 こう忠告するのは、古市満朝(みつとも)氏(44)だ。

「豪太郎は小さい頃、俺の親父がやっていた相撲の『古市道場』に通っていました。最初に相撲の基礎を教えてやったのは親父なんです。しかも、あいつは中学校に上がる頃、相撲を止めかけていた。あいつの母親に頼まれてそれを思い留まらせ、相撲を続けさせたのも親父なんです。にも拘(かかわ)らず、今年1月、70歳だった親父が亡くなっても、あいつは葬式にやってこなかった。お世話になった人への筋というものが分かっていない」

 こうして怒りと哀しみが混ざった言葉を投げ掛ける古市氏は、豪栄道の「真の師匠」の息子であるだけでなく、より「深い縁」で大関と結ばれている。

 2010年、角界を大いに揺るがせた力士たちによる「野球賭博問題」。違法行為に手を染めていた元大関の琴光喜と元関脇の貴闘力が解雇処分を受けるなど、相撲協会は存続の危機に見舞われた。この「事件」で実刑判決を受けたのが古市氏だった。

 彼は当初、やはり野球賭博に手を出していた豪栄道を、小さい頃から知っていたこともあって庇(かば)っていたが、出所後の15年末、本誌(「週刊新潮」)に〈全ては野球賭博の常習大関「豪栄道」の負け金400万円から始まった!〉と題した手記を寄せ、けん責処分で済まされていた豪栄道に「猛省」を促した。

■「答えられない」

大関の豪栄道(30)

 古市氏が改めて語る。

「豪太郎が琴光喜と同じ処分にならなかったのは、単にあいつがまだ若くて(琴光喜は当時34歳)、先があったから。やっていた悪事に違いなんてない。琴光喜と完全に五分。大関と平幕(当時の豪栄道)の違いだけで、解雇とけん責に処分が分かれたに過ぎないでしょう。それを豪太郎は本当に理解できているんでしょうか」

 大恩人である古市氏の父親の葬式に足を運ばなかった恩知らずの罪がまず「1敗目」、そして野球賭博の罪を償い切れていないことが「2敗目」というわけだ。

 こうした古市氏の指摘に豪栄道はどう答えるのか。

――野球賭博に関する自身の罪の重さについて、来場所、綱取りに挑まれる立場としてどうお考えですか?

「答えられないです」

――父親の葬式に来なかったことを、古市さんは気にされていますが。

「それは本当に申し訳ないです」

――どうして行かれなかったのですか。

「……」

 相撲評論家の中澤潔氏が嘆く。

「現在の横綱審議委員会は品格を見抜くのではなく、横綱を作り上げ、『あの大関を横綱にしたのは俺だ』と自慢したい人たちばかり。今は勝ち星だけが横綱を作る。品格とか相撲の内容とかはどうでもいいんです」

「2敗」の意味を噛みしめなければ、仮に横綱に昇進しても豪栄道の明日はよろめいたものになりそうだ。

「ワイド特集 よろめく明日」より

週刊新潮 2016年10月6日号掲載

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