【相模原殺傷】被害者の実名を伏せる神奈川県警の“二重の差別” 支援団体からも疑問

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 ナチスドイツの「優生思想」にかぶれたかのように、無辜の命を次々と葬り去っていった植松聖(26)。が、その凶行にたおれた方々の情報は、いっこうに伝わってこない。警察当局の“計らい”で身元が秘匿されているというのだから、実におかしな話ではないか――。

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〈世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!〉(植松聖のツイッターより)

 相模原市の障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で起きた事件では、19名の入所者が死亡、26名が重傷を負った。が、今回、県警が公表したのは、被害者の性別と年齢のみ。殺人事件においては通常、各都道府県警はおしなべて犠牲者の氏名を公表するのが原則であるから、実に奇妙な対応がとられたことになる。

 神奈川県警担当記者が言う。

「県警によれば、事件当日に19人の遺族全員を対象に個別の聞き取りをしたところ、全員が氏名公表を望まなかったとのことでした。障害者福祉施設での犯行という事情も勘案し、特例として非公表にしたというのです」

 メディアにとっては、報じようにも素材がないのである。ひとたび事件が発生すると、加害者については“実名報道”をめぐる議論がしばしば湧き起こるところだが、今回のようなケースはいわば稀。とはいえ、

「一律匿名での発表という扱いには、大いに違和感を覚えます」

 そう話すのは、立教大学の服部孝章名誉教授(メディア法)である。

「『個人情報保護』『捜査情報非開示』などと理由を並べ立てますが、明らかに他の事件との扱いが異なっています。理由づけも曖昧なまま、このように非公開とするのは、人間の死に対する差別とも言えます」

 プライバシーの尊重などといえば聞こえはいいが、現状では“二重の差別”を生んでいるというのだ。

「遺族によっては『闇から闇に葬られたくない』という方もいます。1人の人生が報道されずに時が経つことに違和感を持つのです。匿名か実名かについては各マスコミの責任であって、公的機関が決めるべき問題ではありません」(同)

■「遺族でも議論を」

 実際に、障害者を支援する団体からも疑義を呈する声が上がっている。全国知的障害者施設家族会連合会の由岐透理事長が言う。

「警察の判断で名前を伏せたというのは、あまりに衝撃的な事件を前にして、知的障害者だからと勝手に忖度しているような気がしてなりません。どんな事件であれ、亡くなった人の名前や年齢は公表されるのに、この取り扱いはおかしいと思います」

 あわせて遺族にも、提言があるという。

「我々のような障害を持つ者の家族が『隠したい』という姿勢をとれば、いくら運動の中で『障害があっても健常者と同じ人間』と訴え続けたところで、言っていることと違うのではないか、との疑問を抱かれかねません。どんな思いで警察に伝えたのか、遺族の皆さんにも、もっと議論を深めてほしいのです」

■危険思想

 ジャーナリストの徳岡孝夫氏も、

「言論の自由か個人のプライバシーかという問題は永遠のテーマではありますが、安否情報という観点からは報じる必要があるでしょう。また、いかに些細な事柄であれ、今回のように当局が一つ隠し始めると、隠すことへのハードルがどんどん下がっていくのです」

 そう危惧するのだ。

「かつてソ連が反体制運動家のアンドレイ・サハロフ博士を抑え込み、あるいは中国が天安門事件を隠蔽した。こうして、言論の自由は確実に衰えていくことになります」(同)

 つまりは「危険思想」への一里塚に他ならないというわけだ。

 選択の余地を排除し、独断で各メディアを縛りつけた格好の神奈川県警に尋ねると、

「質問されても一日では答えられないと考えてほしい。回答する場合は、来庁してもらう」(広報県民課報道係)

 などとしながら、

「方針は変えるつもりはありません」

 と、木で鼻をくくった“お返事”が戻ってきたのだった。

「特集 障害者施設襲撃! 死亡19名の実名を隠した神奈川県警の『危険思想』」より

週刊新潮 2016年8月11・18日夏季特大号掲載

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