信じてよいのか水素水 市場規模は200億円でも、効果は誇大広告

ドクター新潮 健康 食事

  • ブックマーク

Advertisement

 いまや競走馬に“水素水”を与える厩舎まで増えているというからその大流行は推して知るべしである。とはいえ、200億円の巨大市場に成長したものの、この新たな“水”商売に疑念が絶えないのは事実。効果抜群と喧伝される水素水は本当に信じてよいのか。

 ***

“水素”とつけば売れ筋に

“イワシの頭も信心から”とは、言うまでもなく、取るに足らないモノを盲信する人々を揶揄したことわざである。

 だが一方で、かつて下魚と蔑まれたイワシには、脳や神経の働きを高めるDHAが豊富に含まれていることが分かってきた。“イワシ百匹、頭の薬”の言葉通り、実際に栄養価の高い魚でもあったのだ。

 翻って、このところ巷の話題を攫っている“水素水”はどうか――。

 経済部記者が、その隆盛ぶりを明かすには、

「伊藤園やパナソニックといった大企業が参入したこともあり、ここ数年で爆発的にマーケットが拡大しました。水素水関連の市場は200億円規模にまで膨らみ、まもなく300億円台に達するとも言われます」

 昨年度のミネラルウォーターの市場規模は約2860億円とされる。水素水はわずか数年でその1割に達するほど、売り上げを伸ばしているワケである。

 実際、フランチャイズのドラッグストアを2軒回っただけで、アルミ缶入りの水素水をはじめ、美容サプリや入浴剤など、実に8種類もの関連商品(前掲の写真)が手に入るのだから、大ブームが巻き起こっていることは疑いようがない。また、片岡愛之助が新妻・藤原紀香に勧められ、“水素風呂”に入っていると明かしたのも記憶に新しいところ。

 しかし、脳梗塞や認知症、果てはメタボにまで効果抜群と喧伝され、売れに売れていながら、未だ専門家から疑惑の声が止まないのもまた、事実である。

 消費者の“信心”を集めていることは間違いないが、果たしてご利益、もとい効果は期待できるのか。

 その点を検証する前に、まずは水素水についての基礎知識をおさらいしよう。

■水素水の“生みの親”

 ご承知の通り、水の化学式はH2Oであり、そこには水素分子(H2)も含まれている。

 他方、水素水は、圧を加えた水に水素ガスを充填したり、化学反応によって水素分子を発生させたりといった方法で、通常よりも多くの水素が溶け込んだ水のことを言う。

 この“魔法の水”は、日本医科大学の太田成男教授(細胞生物学)らが、07年に米医学誌「ネイチャー・メディシン」に発表した論文で一躍、注目を浴びることになった。

 この論文では、人工的に脳梗塞状態にしたラットに水素ガスを吸わせたところ、水素分子が有害な活性酸素を除去し、脳梗塞の症状が抑えられたとしている。

 活性酸素は生物の体内で生成され、ウイルスや細菌を撃退する反面、必要以上に増えると健康な細胞まで傷つけるとされる。その結果、糖尿病などの生活習慣病や、老化を促進させると言われるが、“水素水”で水素分子を体内に取り込めば、一部の活性酸素を水に還元し、体外へ排出することができるという。

 水素水の“生みの親”である太田氏ご本人は、

「すでに人体での臨床試験も進められています。パーキンソン病患者や、MCI(軽度認知障害)と診断された人々を対象とした臨床試験では、どちらも水素水の効果を示す結果が得られました」

 と胸を張る。

 だが、この主張には否定的な向きも少なくない。

■効果がなかったβカロテン

 水素の医学的な作用に関しては、これまでに400本ほどの論文が発表されているものの、

「水素水については、まだ動物実験や母数の少ない臨床試験でのデータしか公表されていません。つまり、科学的なエヴィデンスとなる、大規模かつ人体を対象とした研究結果には乏しいのが実情なのです」

 と語るのは、法政大学教職課程センターの左巻(さまき)健男教授(理科教育)である。

「たとえば、最近までβカロテンにはがんを抑制する抗酸化作用があると考えられていました。実際、動物実験や臨床試験の段階ではβカロテンの有効性が示されていた。しかし、94年にフィンランドで報告された、約2万9000人の男性喫煙者を対象とする調査では正反対の結果が出てしまったのです」

 その内容は、βカロテンを毎日摂取したグループと、ニセ薬を投与されたグループを5~8年に亘って追跡調査するというものだった。

 だが、結果はといえば、

「前者のほうが肺がんの罹患率が18%も高かった。アメリカでも同様の調査が行われましたが、肺がんの罹患率があまりにも上昇したため、急遽、調査が打ち切られてしまった。こうした前例を考慮すれば、大規模なグループ調査で結果が示されない限り、水素水が本当に健康に良いかは判断できないわけです」(同)

 同じく、唐木英明・東大名誉教授(薬理学)も水素水ブームに警鐘を鳴らす。

「今後、水素に関する臨床研究が進んで医薬品になる可能性は否定しません。ただ、現在、市販されている水素水は、健康な人を対象にした臨床試験で効果が立証されておらず、“特定保健用食品(トクホ)”や“機能性表示食品”にもなっていない。たとえ病人には効果があるとしても、健康な人が水素水を飲んで予防効果が見込めるとは限らない。がんを予防するために抗がん剤を飲む人がいないように、予防と治療では意味合いが大きく異なります」

 つまり、脳梗塞や認知症への予防効果を謳った大げさな売り文句は、明らかに誇大広告なのだ。

「特集 脳梗塞 認知症 メタボまで効果抜群? 200億円市場に膨らんだ『水素水』を信じてよいのか?」より

週刊新潮 2016年7月28日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。