〈生前退位 私の考え〉私のことなき公の精神――吹浦忠正(評論家)

社会週刊新潮 2016年7月28日号掲載

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 天皇の生前退位という議論を提起できるのは、天皇陛下ご自身以外にはあり得ません。

 おそらく陛下は、生前退位の問題は、何としてでもご自身がやらなければならないという強い公的使命感をお持ちなのではないかと拝察します。

 思い起こせば、私が東宮御所に初めてお招きいただいたのは1972年、今から40年以上も前のことになります。バングラデシュが建国されて間もない頃で、たまたま国際赤十字の仕事でダッカから帰国したばかりだった私は、天皇皇后両陛下(当時は皇太子・同妃両殿下)にバングラデシュという国についてご進講をさせていただくことになったのです。

 あらかじめ侍従職から電話があり、時間は50分ですよと伝えられていました。ところが、話し始めてものの数分もしないうちに、ご進講は私と陛下との対話のようになりました。

 気が付けば、50分と言われていた時間はとうに超えており、誠に恥ずかしかったのですが、私は途中でトイレに行きたくなってしまいました。緊張のため口が渇き、水分を摂りすぎたというのもあるでしょうが、50分と思っていたご進講が3時間半も続いたわけですからね。そこで「トイレに」と申し出たら、陛下は「どうぞどうぞ」と仰ってくれたのです。私はその気さくなお人柄に大いに感銘を受けました。

 その後もお話をさせていただく機会がありましたが、感動したのはいつものことであり、ご指導いただくという立場でございます。

 かつて、オーストラリアのカウラというところに日本人捕虜収容所があり、戦時中、ここに収容されていた日本人捕虜が集団脱走を試みて、多くが命を落とすという事件がありました。陛下はこのカウラ事件のことを大変心にとめておいでで、慰霊のためカウラを訪問されたこともあります。

 私は、カウラ事件のことを本に書いており、吹上御所に上がる直前にもカウラ会の会長とお会いしていました。しかし、会長は持病が悪化し、とても辛そうでした。そのことをお伝えするや、陛下は「それは心配ですね」と仰って侍従をお呼びになり、「これからお見舞いに行ってほしい」と仰られたのです。そして、ご自身は庭に出られて、満開の桜の枝を折ってこられ、それを奉書紙に包み、侍従が捧げ持って会長宅に届けたのでした。会長の喜ぶ顔が今でも思い浮かびます。

 私が陛下にお目にかかるたびに一貫して感じるのは、“私”のことを考えず“公”に奉仕されようとする精神です。今回の「生前退位のご意向」についても、やはりそこには“公のため”というお気持ちが集約されておられるのだと思います。

「特集 天皇陛下『生前退位』 有識者4人に訊いた『私の考え』」より

吹浦忠正(ふきうら・ただまさ)
1941年生まれ。ユーラシア21研究所理事長、評論家。