麻生太郎の名前もある兜町の風雲児「中江滋樹」政界工作秘密リスト

政治週刊新潮 2016年2月25日号掲載

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 ボサボサの髪に無精髭、太った体を三つ揃いのスーツにしまいこみ、下駄ばきで兜町を闊歩する。そんな奇矯な姿の中江滋樹氏(62)が世を騒がせたのは1980年代の前半。「投資ジャーナル事件」で集めた約600億円の一部は政治家に流れたとも、アイドルの“水揚げ”に使ったとも――。

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中江滋樹氏(62)

「レストランに連れて行かれると、兄貴がステーキを食べている横で俺はオムライスを頼んでいた。差額の500円を親父にくれと言ってコツコツ貯め、それで株を始めたんだ」

 そう話す中江氏が、株の世界に首を突っ込んだのは滋賀の彦根東高校に通っていた頃だ。父親が証券会社勤務だったことも影響していたという。

 高校3年の時、ニクソン・ショックが起きる。好機と見た中江氏は弱電メーカーを空売りし、数百万円を手にする。もはや受験勉強どころではなかった。

 78年、24歳で上京した中江氏は、投資顧問会社「投資ジャーナル社」を設立する。証券会社のトレーダーから情報を手に入れ、それを自分の雑誌「月刊投資家」に載せると瞬く間に売り切れる。若き相場師の噂を聞きつけ、政治家、財界人、芸能人が我先に客になった。さらに、82年頃から株投資をする客に元手の10倍の資金を貸し付ける「10倍融資」というビジネスを始める。

「最初は金融業なんかやるつもりはなかった。投資顧問と自己売買で充分やっていけたからね。10倍融資は部下が勝手に始めたんだが、営業マンがどんどん注文を取ってくるんだ」

 テレビでCMを打つとさらに客は増え、最初は20〜30人だった社員が1000人以上に膨れ上がった。銀座や六本木に繰り出し、ホステスにチップをばら撒く毎日。政治家にもばら撒いた。「10億円いかないぐらい」と本人は言うが、その中には陣笠代議士だった麻生太郎氏もいたという。

 アイドルの倉田まり子に移籍させるための大金を貸したのもこの頃だ。「男女の関係はなかった」と中江氏はかぶりを振るが、湯水のように大金を使う様に捜査当局は目を光らせていた。85年6月、中江氏は警視庁に逮捕される。600億円集めたうち約18億円が詐欺とされ、6年の懲役刑を言い渡される。

■ホステスと海外逃避行

 再び世間の注目を浴びたのは98年。「三井埠頭」の社長らが起こした54億円の不正融資事件だ。業績不振の同社の手形が街金業者に出回って大騒ぎになる。後ろにいたのが中江氏だった。

「あの事件は潰れかかっている三井埠頭から頼まれて手形を保証してやったのよ。“うちは潰れない”って言うから信用してしまった。それでヤクザの親分たちに金を出してもらったんだ。“中江がやるなら”ってね」

 だが、手形は焦げ付く。暴力団関係者が回収に乗り出すと、中江氏は姿をくらました。

「銀座のホステスが一緒についてきてくれて、ロサンゼルス、モントリオール、ラスベガスと北米を転々とした。ラスベガスでは毎日カジノに行ってたよ」

 故郷・滋賀に戻ってきたのは03年のこと。意味不明な言葉を口走り、放火事件を起こしたりもしたが、気がふれたと思われたのか、追手はやってこなかった。その中江氏、今は相場勘を取り戻すために、隠遁生活を送っていると言う。

「投資ジャーナルでしくじらなければ、15兆円は稼いでいたな」

 とうそぶく中江氏。着るものに頓着しないのは昔のままだが、あの事件から三十年余。ボサボサの頭には白髪が混じっている。

「60周年特別ワイド 『十干十二支』一巡りの目撃者」より