93歳で大往生「水木しげる」が大好きだったお金と睡眠と豪華な食事

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 漫画界はまた1人、巨匠を失った。『ゲゲゲの鬼太郎』などの妖怪漫画で一世を風靡した水木しげる氏(本名・武良茂)が、93歳の大往生を遂げたのだ。常日頃、大好きだと公言して憚らなかったのは、お金と睡眠と豪華な食事だったという。

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 11月11日、水木氏は東京・調布市の自宅で転んで頭を強打し、硬膜下血腫のため、緊急手術を余儀なくされた。だが、結局、30日に多臓器不全により、息を引き取ったのである。

 ある編集者がこう話す。

「今夏、ご自宅に伺うと、水木先生は、スタッフの肩を借りながら応接間まで歩いてこられた。昨年末に心筋梗塞で入院され、心配していたのですが、ずいぶんお元気になっていました。手土産にこしあん入りのお餅を持っていったときも、ペロッと平らげ、食欲も相変わらずだったのですが……」

『ゲゲゲの鬼太郎』などの妖怪漫画で一世を風靡した水木しげる氏

 あらためて、水木氏の経歴を辿ってみると、1922年に大阪で誕生し、間もなく、鳥取県境港市に移っている。21歳のときに召集され、激戦地ニューブリテン島のラバウルに出征。空爆で左腕を失いながらも、終戦に伴い、24歳で復員する。その後、水木しげるのペンネームで、紙芝居作家からスタートし、65年には、「週刊少年マガジン」で、“鬼太郎”の連載を開始。その後、テレビアニメ化され、大ヒットとなったのはご存じの通りだ。

■ユーモア

 65年から約5年間、水木プロダクションのスタッフだったという、漫画家のつげ義春氏が明かす。

「僕は人物も担当していたので、いまでもねずみ男なんてすぐに描けます。お手伝いを止めてからは、水木さんとはほとんど交流はなかったのですが、数年前、道端でばったり顔を合わせました。すると、いきなり“つまんないでしょ?”と声をかけられた。“ええ、つまんないですね”と返すと、“やっぱり”と納得された様子でした。あそこまで成功を収めた人でも人生が面白くないのかと思ったことが、強く印象に残っています」

 それが、最後に交わした会話だという。

 同じく、漫画家の池上遼一氏は、

「22歳から約1年半、つげさんらとアシスタントをしていました。先生の作品は諧謔精神に富んでいますが、先生自身、とてもユーモアに満ちた方でした。私のハスキーな声を、“空気の抜けたカステラみたいな声”だと表現したり、ペコペコ頭を下げてばかりの編集者は“コメつきバッタ”と呼んで喜んだり……。そんなことを思い出します」

 さらに、意外な人物も働いていたことがあった。

「70年から5年間くらい、シナリオスタッフを務めていた。漫画のテーマを探す仕事です。1本あたり5000円で、月に2~3本出していました」

 と語るのは、評論家の呉智英氏である。

「あるとき、水木さんから“10年前に手伝ってもらった本の増刷がかかったから、50万円を振り込みたい”という電話があった。普通、律儀にそんなことを言う人はいません。水木さんはお金が大好き。まわりの人も同じに違いないから、ポンポンとお金を与える、という発想なのです。睡眠欲にも忠実で、どんなに忙しくても10時間は寝ると言っていた。また、健啖家で、年を重ねても、脂っこいものを控えるという考えはありませんでした」

 没するもなお、魅了して止まず。

「ワイド特集 日出ずる処 日没する処」より

週刊新潮 2015年12月10日号掲載