親子絶縁! 夫婦離婚! 危険すぎる「実家の片づけ」――辰巳渚(「家事塾」主宰)

国内 社会 週刊新潮 2015年10月15日神無月増大号掲載

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 帰る度 増えるガラクタ 父母の皺――。そんな実感からか、近頃は「生前整理」を急ぐ方々も少なくないが、そこには親子断絶や夫婦離婚の火種も燻っているという。以下は、「家事塾」主宰の辰巳渚氏が体験から導き出した、「実家の片づけ」の落とし穴とその予防線。

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 5年間で、本が40冊、雑誌記事が100本――。この数字が示すように、「実家の片づけ」は、昨今、大いに人々の注目を集めている。読者諸氏も世間話やメディアの特集などで耳にする機会があるだろう。

 親の家は物にあふれている。年老いた父母にはそれを片づける気力・体力がない。放置すれば、彼らの生活の質は下がるし、もしもの時には処分方法や相続で遺族が揉める――。そんな危機感から、「実家の片づけ」は社会問題となっているわけだが、ふと疑問が湧いてこないか。「それって、余計なお世話じゃないの?」と。

 親といえども他人同士。実家といえども、出てしまえば自分の家ではない。自分の片づけに熱心なのは趣味の範囲だが、他人の片づけに口出しするのはいかがなものか。

 筆者の答えを先に伝えておこう。それでも、実家の片づけは必要なのだ。それも、子世代にとってこそ。

 筆者は実家の片づけの話題を耳にするたびに、その結果、親子断絶となった女性のことを思い出す。

「あなたは他人だから捨てられるのよね」

 義母の言葉がいまだに忘れられないという、その50代女性の話をしよう。

 東京都心のマンションに夫婦で暮らしていたAさんの義父母は、80代になったのをきっかけに、郊外に住む息子夫婦との近居を決意。だが、引っ越し1カ月前に義父が急死した。

「義父の葬儀で義母は他に何も考えられなくなっていたので、私たち夫婦が仕事を休んで家を片づけ、新居の準備もしたんです」

 引っ越し当日になって「思い出の家を取らないで」「あれもこれも捨てちゃって、ひどい」と泣き叫ぶ義母。「なんで1年もあったのに、何も片づけないまま過ごしていたんですか」とつい怒ってしまったAさん。

 引っ越し業者の前で演じた修羅場のあと、新居で義母が涙を浮かべてしみじみと語った冒頭の一言が、Aさんの気持ちをかえって深く傷つけたという。

「たしかに他人です。でも、赤の他人ならとっくに手を引いていますよ。全くの他人じゃない関係だからこそ、義母にあれこれ指図されてきたことへの復讐の気持ちがあった気がしてきて、自分が怖くなるんです」

 その後、義母とAさんとの間に挟まれた夫がうんざりし、夫婦は離婚しかねないほど関係が悪くなったという。結局、離婚の危機は回避できたが、かつて仲がよかった義母とは絶縁状態だ。

 これは単なる嫁姑のいざこざ、といった話ではない。「社会問題」と書いたように、そもそも子が親の家を片づけなければならない状況は、現代特有の現象だ。

 なぜ問題となったのか。

 片づけブームの折から、物のない時代に育った親世代が物を捨てられないので、実家の片づけが問題になっている、という説明もある。しかし、それは二次的な要因だろう。

 本質的には、親は親の家を、子は子の家を持つようになり、しかも親の家に子が移り住むこともなくなったことが背景にある。

 長子相続で家を継ぐのが当たり前だった時代には、親世代と子世代との間には、家や物をどう整理し、受け継ぐかについて、それなりの“理解”があった。

 しかし、親と子が住居を異にする時代にあっては、必然的に親子のコミュニケーションも薄れ、いきおい、トラブルの元になる片づけについて話題にするのを避けるようになる。

 だから多くの場合、先延ばしという道が取られる。「迷惑をかけたくない」「余計なお世話では」といった相手を尊重する言い方は、要は先延ばしなのだ。そして、それが逆にトラブルの芽を生むのである。

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