平井理央と角田光代 フルマラソンを走るそれぞれの理由

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 東京神楽坂「la kagu」内レクチャースペース「soko」にて、角田光代さんと平井理央さんの公開対談「これが私の走る道」が開催された。昨年11月にニューヨークシティマラソンを完走した平井理央さん初の書籍『楽しく、走る。』の刊行を記念し、ランニングを日課にしているという2人がそれぞれのランニングスタイルについて語った。

■「走るのが大嫌い」と「走るのが大好き」は同じ?

 この6~7年、週末の朝はどこにいても10キロから20キロは必ず走ると決めているという角田さん。普段は仕事場のある東京で、また出張で赴いた京都や金沢、さらにローマ、台湾、マドリッドなどでもその習慣を破ったことはない。そんな熱心なランナーの角田さんだが、「実は走ることが嫌で嫌でしょうがない」という衝撃の告白から対談がスタート。もともと友人のランニングチームの飲み会に参加したいという軽い気持ちで走り始めた。しかしあまりにも走るのが嫌なので、むしろ歯磨きと同じくらいの習慣にしてしまおうと思いついた。「走らなきゃ」と思うのではなく、走らないと自分がズルをしたという感覚を植えつけたのだという。

平井理央さん(左)、作家の角田光代さん(右)。

 一方、「走ることが楽しくて仕方ない」という平井さん。フジテレビ時代に担当していたスポーツ番組「すぽると!」の企画で、2009年の東京マラソンに出場したのがきっかけだった。かなりストイックな練習に取り組んだ反動で、完走したあとは燃え尽きたように走ることを止めてしまったという。この経験から、今度もし走るとしたら、一生楽しく走っていける走り方を身につけたいと思い続けてきた。そこで昨年ニューヨークマラソンの出場を決めた際、考えたのが「走ると楽しいを結びつける」ということだった。走った後の美味しい朝ごはん、一番風呂などの素朴だが体が喜ぶご褒美で、走ればいいことがあると頭に植えつけた。いまは無理をせず、週に2~3回5キロから10キロを走っている。

「走るのが大嫌い」な角田さんと「走るのが大好き」な平井さん。意外にもお互いが似ていると感じた様子。

「走るのが大嫌い」な角田さんと「走るのが大好き」な平井さん。まったく正反対のように聞こえる2人だが、「走らないと自分がすごいダメな人間だと思うのと、走ればいいことがあるって思うのと、両極端だけどプラスとマイナスで同じかもしれませんね」と意外にもお互いが似ていると感じた様子。色々な工夫をして走り続けている、その姿勢に共感したようだ。

■マラソンで感じる「街」と「人」

平井さんもニューヨークシティマラソンで、「街の底力」を体験した。

 平井さんと角田さんのもうひとつの共通点は「旅ラン」。見知らぬ土地で走る魅力は、「街のつながりが見える」ことだという。観光では「点」で見えているものが、走ることでつながり、街の成り立ちを自分の足で感じることができる、と角田さん。これまで那覇やロッテルダムなどでフルマラソンを走り、そんな想いを強めてきた。仕事でパリに行った際、朝の街を走った角田さんは「これまでパリというと、気取り澄ました、私を拒絶する街、という劣等感があって苦手だったんです。でも走ったら、なんだ、ただの街なんだって。川が流れていて、自分がいつも走っている近所の街にも似ているなって、急に親近感を感じました」という。走ることで、その土地に自分が迎え入れられたような、「ホーム感」が生まれるのだとか。

 平井さんもニューヨークシティマラソンで、「街の底力」を体験した。スタテン島、ブルックリン、ブロンクス、ハーレム、マンハッタン……折り返しのないコースはすべての道が新鮮で、42キロほぼ途切れることのない声援で気持ちもアガった。「頑張れ、ではなく、君は素晴らしい!」と、とにかく褒めてくれるのがNY流。見晴らしのいい橋の上で記念撮影をしたり、給水ごとにストレッチをしたり、街を楽しみながら走った。時間をまったく気にせず完走し、タイムは6時間1分。初めてのマラソンよりも1時間以上かかったが、NYでは誰からもタイムを聞かれることがなかった。「東京では必ずタイムを聞かれたのに、びっくりしました。むしろ、マラソンに挑戦するなんて凄いね!と、走ったこと自体を祝福してくれる。あ、こういう風に楽しんでもいいんだ」と感じたという。

「まさか、そんな幸せなマラソンがこの世にあるなんて……」と角田さん。

 そんな平井さんに角田さんは感心しきり。「私は走って初めて、自分がこんなに闘争心のある人間だと気がついた。どうしても人に勝ちたいとか、追い抜かしたいとか、ぶつかられたらやり返したいとか考えてしまうので(笑)、人との競争じゃないんだという風に思えるまで6年くらいかかりました。平井さんのようにすんなり“楽しむ”という境地に行くのは、実は大変なことだと思う」それを受けて「ニューヨークマラソンでは、楽しすぎてずっと笑っていました!」という平井さんに、「まさか、そんな幸せなマラソンがこの世にあるなんて……」と呆然とした角田さんの様子が、会場の笑いを誘っていた。

■文体が変わる、己を知る――それぞれの「走る理由」

 そして対談の後半は、なぜ走り続けるのか?という大きなテーマへ。「村上春樹さんが、フルマラソンを16回も走れば文体だって変わるさ、と雑誌に書かれていた。自分では走ることと書くことへの影響をまだ感じたことがないので、それを確かめてみたい」という角田さん。また平井さんは「走って一番変わったのは、己を知るということ。体を測るバロメーターがひとつ増えたというのもそうだし、特にフリーになってからは、走りながら自分がこれからどんなことに挑戦したいのかということを考えるようになった」という。

 角田さんは平井さんと話したことで「私ももうちょっと、走ることに楽しむという要素を入れてみたいなと思います」と心境の変化を語った。それを受けて平井さんは「私はむしろ、もうちょっと闘争心を持った方がいいかなと思いました」と話し、会場は笑いにつつまれた。

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