猛暑を乗り切る「除菌と感染症」の最新知識――蒲谷茂(医療ジャーナリスト)

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■ウイルスにも効く銅

 さて、こうした細菌やウイルスを撃退すべく、がぜん注目を集めている研究があります。それは「銅」による作用です。

 銅およびその合金には、昔から殺菌効果があると言われており、最近、それが科学的に立証されました。今年1月から6月にかけ、神奈川県相模原市にある北里大学病院で、診察室のドアハンドルをステンレス製から銅合金製に替えて実験したところ、表面積およそ360平方センチメートルのハンドルに付着していたブドウ球菌などが、4分の1にまで減少したのです。

 実験を手掛けたのは、冒頭で登場した笹原講師。

「病院には手指消毒用にアルコールを詰めたボトルが置いてありますが、医療従事者はともかく、患者さんやお見舞い客のすべてが使っているとはいえません。銅の表面では、湿度などに応じて強い酸化力を持つ物質(ラジカル)が生じる化学反応が起こり、そこに付着している細菌のDNAなどが損傷を受け、殺菌されます。一般的には細菌が死滅するのに要する時間は1時間ほど。とりわけ、医師や患者など不特定多数の人が触れる箇所に、銅は最も有効なのです」(笹原講師)

 院内感染で厄介なのは、薬剤に耐性のある細菌やウイルス。その対策として、ドアノブやハンドル以外にもベッドの柵、トイレの手すり、ナースカートなどに銅製品を用いれば、大きな効果が見込めるというのです。

 病院のみならず、銅はレジャー施設でも絶大な威力を発揮します。

 入浴施設でしばしば問題となっているのが、土壌の中に棲息して酸や熱に強く、50℃の湯でも死なないレジオネラ菌。これが湯船に入り込み、循環式の浴槽などで増殖、またジャグジーやうたせ湯などでミストに溶け込むと、吸い込んだ際に肺炎を起こし、時には死をもたらします。

「レジオネラ菌は、お湯を送る配管の内側に、バイオフィルムという生物膜を作り、その中で増殖します。バイオフィルムとは台所のシンクのごみ溜まりに付着する、ぬめりのある物体のことで、強くこすらないと除去できません。浴槽で菌の発生を防ぐにはフィルターや配管の清掃が不可欠ですが、この部分を銅にすればレジオネラ菌は付着しません。同じく家庭でも、シンクのバスケットに銅製品を使えば、ぬめりがつかないで済みます」(同)

 きれい好きの私たちには、うってつけの工夫といえましょう。さらに、

「細菌のみならず、銅はウイルスの不活化にも有効です。実験でインフルエンザウイルスを銅板に触れさせたところ、1時間後には75%、6時間後には99・975%が死滅しました。ノロウイルスでも同じ程度、活動を抑えることができました」(同)

 ちなみに、銅につくサビの緑青(ろくしょう)はかつて猛毒とされていましたが、厚生省(当時)の「銅酸化物の生体に及ぼす影響に関する研究班」が行った実験研究の結果が1984年に発表され、ほとんど毒性のないことが証明されています。

 銅の効能について普及を進めている、一般社団法人「日本銅センター」の斎藤晴夫技術開発部長も、

「私たちの実験では、銅が蚊の発生を抑えることも判明しました。ヒトスジシマカ(やぶ蚊)の幼虫(ボウフラ)を、それぞれ25匹ずつ、水を張ったガラス製と銅製の容器で飼って比べたところ、ガラス製では9割が羽化して蚊になったのに対し、銅製では羽化せずにすべて死滅しました。これは、例えば水気が多くてやぶ蚊に悩まされる墓地でも応用できます。墓前の花立てをプラスチックから銅製に替えれば蚊の発生は防げますし、既存の花立てに10円玉のような銅片を浸しておくだけでも、十分に効果があります。ヒトスジシマカはデング熱を媒介しますから、銅はそれを未然に防ぐ働きもしてくれるのです」

 今や、除菌・抗菌界の新たな救世主になりつつあるというわけです。

蒲谷茂(かばや・しげる)
1949年生まれ。健康雑誌の編集長を経てフリーに。著書に『測るだけで大丈夫』『歯は磨くだけでいいのか』『自宅で死にたい』など。

週刊新潮 2015年8月6日通巻3000号記念特大号掲載

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