日本の貧困と格差(中篇) 「『貧困の連鎖』から抜け出せない『子どもたち』」――亀山早苗(ノンフィクション作家)

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継続的に働ける社会を

 実際、取材を進めてみると、親が貧困状態で教育に関心がない家庭では、子どもも勉強する習慣をもてないことが多い。

「私がそうでした」

 と、アケミさん(25)=仮名=は言う。

「3歳のとき両親が離婚して、母と年子の妹の3人暮らし。父は気が向くとお金を送ってきたようですが、ぎりぎりの生活でした。なんとか食べることはできても、母は『女の子は勉強なんかしなくていい』と。地元の最低レベルの商業高校を卒業して、契約社員として大手企業に勤めました。すると周りの正社員は女性もみんな大卒。私は営業アシスタントの仕事だったけど、いつまでたっても仕事の内容がわからないし、周りの女性たちの話についていけない。いかに自分が勉強してこなかったかがわかった。それまでは同レベルの人たちとしか接してこなかったから、これでいいと思っていたんです」

 母と同じような人生は送りたくないと一念発起。仕事をしながらひとりで受験勉強を重ね、ついに3年前、大学に合格した。

「これでやっと貧困の連鎖から抜けられる。やはり人間は、基本として知識がなければ、自分を変えることはできないんだと思う。環境を変えるきっかけがあったのは幸せでした」(同)

 しかし、貧困家庭で育った、学力も自己肯定感も低い子どもたちの中で、アケミさんのように“貧困の連鎖”から抜け出ることができたケースは例外的だ。

 子どもたちを貧困から救い出すもっとも簡単な方法は、経済的支援だが、教育支援もまた重要だ。ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんが言うように、「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策」という面があるのかもしれない。

「公立の学校は高校まで無償化されたけど、それはあくまでも授業料だけ。制服、体操服、鞄、靴など、学校生活全般に意外と費用がかかるんです。母子家庭にはそれがきつい」

 前出の赤石さんが言う。

 シングルマザーたちの多くは、パソコンを買う余裕もないため、情報が行き届かないことも多い。

 現在、就学援助の制度を使えば給食費が出るし、さまざまな団体が食料支援をしている。月に何度か子どもたちを招いて無料で食事をさせる「子ども食堂」の輪も広がっている。塾に行けない子どものための無料塾も、自治体ボランティアやNPO、あるいは完全に有志によるものなど、さまざまだ。しかし、こうした救済ネットの存在を知らない人もいる。

「そうした情報を知っている人は、ちょっとおせっかいでも、知らなそうなシングルマザーに知らせてあげてほしい。また、シングルマザー側も、助けが必要なら声を上げてほしい」

 自身もシングルで子どもを育てた経験のある赤石さんが、切々と訴える。

「日本のシングルマザーの就労率は世界的に見ても非常に高い。年配の人たちは、ほんの少しでいいから温かい目を注いでください」

 そこには、非正規社員として働く女性たちの現実も見える。就労率こそ高くても、契約社員として働きながら日給が時給になり、収入は右肩下がりになる。あるいは、派遣社員として働くものの、年を追って仕事がとれなくなる。

 ある研究によると、社会経済的な階層の下位4分の1に属する子どもが、毎日3時間以上勉強して得られる学力は、上位4分の1に属してまったく勉強しない子どもの平均より低いという。こうして貧困の連鎖はやまない。

「本来は女性が継続的に働けて、賃金格差がない社会にならないといけない」

 赤石さんがそう言うように、貧困家庭の就労状況を改善し、加えて経済支援をすることが、子どもの貧困率を下げるうえで欠かせない。だが、今の日本の財政状況で、どこまで可能だろうか。放置された貧困は連鎖しつづける。それが将来の日本に暗い影を落とすことだけは間違いない。

日本の貧困と格差(前篇) 「年金では生きていけない赤貧の現場」
日本の貧困と格差(後篇) 「風俗でも抜け出せない『独身女性』の貧困地獄」

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年、東京生まれ。明治大学を卒業後、フリーライターに。幅広く社会問題に取り組む中でも女性の恋愛や生活、性をテーマとした著作を数多く刊行。『女の残り時間』『救う男たち』など著書多数。

週刊新潮 2015年4月2日号掲載

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