日本の貧困と格差(中篇) 「『貧困の連鎖』から抜け出せない『子どもたち』」――亀山早苗(ノンフィクション作家)

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貧困は連鎖する

 その後、仕事を辞めて彼女を見張るようになった夫から、「殺してやる」などと脅され、ヨリコさんは心身ともに追いつめられていく。ついにある日、10カ月にもならない息子を抱いて逃げた。気づいて追ってきた夫に後ろから蹴られ、玄関に置いてあったバットが息子に振り下ろされそうになったとき、彼女は必死に息子に覆い被さった。そしてバランスを失った夫を突き飛ばし、息子を抱いて飛び出した。走りながら携帯で110番に通報し、目についた一軒家に走り込んでかくまってもらったのち、警察に保護される。

「全身の写真を撮られ、アザだらけで肋骨も2本折れていました。その日は友だちの家に泊めてもらい、翌日、シェルターに行きましたが、入ったとたん、ほっとして涙が出ました」

 DVシェルターで2週間をすごし、隣県の実家におそるおそる戻ったが、両親はともに病気療養中。物心ともに頼るわけにはいかず、寮のある水商売へ。だが、DVの後遺症で、ものが壊れる音や男性の大きな声が聞こえると、耳鳴りや吐き気がひどくなる。フラッシュバックにも苦しみ、リストカットを繰り返した。

「接客することもできなくなり、困り果てて生活保護を受けたいと役所に伝えました。『資格もあるし、両親もいるから無理』と言われましたが、後日、友人が役所に付き添ってくれ、私の手首の傷を見せて、『自殺未遂を繰り返している彼女を見捨てるんですか』と」

 こうして半年ほど生活保護を受給したのち、もとの国家資格を生かせる仕事に復帰。だが、心身の不調は続き、何度も仕事を辞めざるを得なかった。子どもに食事を作ることもままならず、ご飯と具のない味噌汁で数日しのいだことも。息子の成長が同じ年の子に比べて遅いと思い込み、自身を責め続け、摂食障害になった時期もあった。

 子どもが4歳になったとき、とうとう彼女は児童相談所と話し合って息子を施設に預けた。まずは自分の心身を立て直すことにしたのだ。そしてこの春、ようやく子どもを引き取れるまでになった。

 DVを受けた期間は1年でも、その後、立ち直るまでに7年近い月日を要している。その間に貧困は定着していく。だが、シングルマザーの貧困は、その世代だけではおさまらない。

 学歴だけで人生は決まらないときれいごとを言っても、高校ぐらい出ていないと就職もできない。高校中退で正規職員になれないシングルマザーは教育費も捻出できず、子どももまた低学歴になる。

「その負の連鎖が怖い。しかも今、子どもを救わないと、経済的な損失が大きくなります。その子たちが大きくなったとき、きちんと税金を払えなければコストがかかるだけ。だから今、投資するべきなんです」(阿部さん)

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