矢吹丈と紀ちゃんは相思相愛だったのか? 心優しき巨匠「ちばてつやさん」が語っていた「あしたのジョー」秘話 「人間はね、いくら好きになっても、ちょっとした言葉のやり取りで……」
すれ違いを描く
前出の「あしたのジョー展」で展示された原画は、作中で1度だけあった、ジョーと紀子のデートの場面だった。
玉姫公園で紀子の手作りのトマトサンドを食べる二人。何気なく誘ったジョーに、頬を赤らめながら「嬉しい」と言う紀子。その帰り道、川のたもとで紀子は聞く。ジョーと同年代の若者は、青春を謳歌している。育ち盛りなのに、食べたい物も食べず(注・ボクサーの減量ため)、客のヤジを浴びながら試合をする。そんな日々を送って「寂しくないの?」。ジョーは、我慢してやっているのではなく、好きでやっていると持論を述べる……。
元編集者と同様、原画とコメントを見た「デイリー新潮」記者も、この件をどうしても聞きたかった。ちばさんは「デイリー新潮」のインタビューでこう語っている。
〈人間はね、いくら好きになっても、ちょっとした言葉のやり取りで、気持ちがすーっと擦れ違ってしまうことがある……私はそれを描きたかったんです。この時のジョーもそう。紀子が本音をぶつけてきているのに、ジョーは真っ直ぐに答えずに、自分の持論を述べてしまう。それで紀子は“あ、この人にはついていけない”と思っちゃう。よく話し合えばもっと気が合って理解し合えるのだけれど、たったそれだけのことで……人間はそういうものだよということを描きたかったんですよ〉
紀子はボクサーを引退し、林食品店の社員となった西と結婚する。ホセ・メンドーサとの世界タイトルマッチの直前だった。結婚式に招かれたジョーは、スピーチで「俺とお前が初めて会ったのはネリカン(練馬少年鑑別所)だったな」と、列席者がドン引きするような発言をするのだが、
「スピーチするジョーを見る紀子の表情はいつものまま。でも『ま、せいぜいしあわせになってくれや』と言って着席するジョーを見つめる紀子の目が……。これより前、ジョーのライバル、カーロス・リベラがドヤ街にやってきて住民と交流、葉子がカーロスを迎えに来る場面があります。ジョーは二人を丹下拳闘クラブへ案内するのですが、ちょうど紀子が洗濯物を干していた。突然の来客に、慌てて片づける紀子を見つめる葉子の表情が……紀子も葉子もセリフがなくじっと見つめるだけ。改めて読み返すと実に印象深い」(前出・元編集者)
紀子やジョーの周りにいるドヤ街の子どもたちは、梶原さんの原作には登場しない。すべてちばさんが創作したキャラクターだという。
〈梶原さんの原作は、ボクシングのテクニックだとか、興行や裏社会の人間関係とか、物凄く面白いんですよ。緊張感が張り詰めていてね。ただ、ずっと緊張したままだと、私が疲れちゃうんでね(笑)。梶原さんとは何度も打ち合わせをして、了解をとった上で、新しいキャラクターやエピソードを描いていました。梶原さん? そうだね、みんな怖がっていたけど(笑)。体も大きいし、夜でもサングラスをかけて真っ白なマフラーを首からかけてね(笑)。でも、ガキ大将がそのまま大きくなったような人で、私はうまくお付き合いできましたよ。歳も近いし、話せばわかってもらえる人でしたし〉(前出『デイリー新潮』より)
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