「両親の営みを見ちゃった」父は愛人が何人もいるのに…子どもながらに“偉い”と思った そんな息子が歩んだ恋多き人生
【前後編の前編/後編を読む】産後2年経っても妻との営みが復活しない…「やめて、汚い」と拒まれた夫 その後、妻がホテルから救急搬送されたとの連絡が
結婚に向かない人というのはいるのかもしれない。この場合の結婚は、事実婚も含んでいる。法律に則った結婚に踏み切れないから、事実婚であればやっていけるとは限らないのだ。婚姻届を出すか出さないかは、現実的な便宜および思想信条の問題につながるのかもしれないが、「他人と生活していけるかどうか」という点では、結婚でも事実婚でも同じようなものである。
【後編を読む】産後2年経っても妻との営みが復活しない…「やめて、汚い」と拒まれた夫 その後、妻がホテルから救急搬送されたとの連絡が
「僕はそもそも、ひとりの他人とともに生活していくこと、ともに生きていくことに違和感をもっていました」
笑いながらそう言うのは、杉浦浩二郎さん(42歳・仮名=以下同)だ。小さいころからませた子で、幼稚園時代に隙を見て先生の唇を奪い、大問題になったことがあるそうだ。「それほど女好きだったということですかね」と彼は明るい顔で言った。
「おそらく“血”なんですよ。僕のオヤジは手広く商売をしていた人で、生涯で愛人が5、6人はいたらしい。僕が知っている限りでも3人はいたと思う。母は一応、正妻でしたけど、家は母子家庭状態。兄と姉はよく父親を陰で非難していましたね。でも母は父が帰ってくるとうれしそうだった。僕が大学に入ったころ、父は愛人たちを紹介してくれました。『オレの友だち』と言っていたけど、ただの友だちではないことくらいわかりますよ。3人に会いましたが、みんなきれいで、なによりオープンで明るい人たちだった。水商売、会社経営者、フリーランスと立場はバラバラでしたが、母も含めて共通しているのは生活力があって元気なところ。父は彼女たちから英気をもらっていたんでしょう」
両親の営みを見ちゃった
浩二郎さんは、そんな父が嫌ではなかった。なにより母が父を心から愛しているのがわかっていたから、父に反発する気にはなれなかった。母は父の浮気や不倫を我慢しているようには見えなかったと彼は言う。
「僕、偶然、両親の営みを見ちゃったことがあるんですよ。兄と姉が大学卒業と同時に家を出ていき、3人で暮らしていたときのことです。その日、僕は友だちの家に泊まることになっていたんですが、その友だちと口げんかになってしまい、夜中に帰ったんです。玄関で父の靴に気づいて、そうっと家に入ったら、母の“あの”声が聞こえてきた。誰もいないと思っていたからでしょう、かなり盛大にやってました。ふたりとも50代だったと思うけど、派手で、なおかつ長い時間でした。なんだか微笑ましかったけど」
両親の営みを見てしまうと嫌悪感を覚える人も多いのだろうが、「もともと従来の親子関係から逸脱しているような家庭」だったから、彼は気にならず、帰ってくるとこうやって母を歓ばせている父を「偉い」と思ったそうだ。子どものころから一般的な倫理観とは違うところで生きてきたんでしょうねと浩二郎さんは笑った。
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