「両親の営みを見ちゃった」父は愛人が何人もいるのに…子どもながらに“偉い”と思った そんな息子が歩んだ恋多き人生

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僕にもその血は流れている…

「僕にもその血は流れている。そういう認識はありました。中学時代、ふたりの女の子から告白されて、どっちともつきあうと言ってしまって総スカンを食ったことがあったんです。オヤジは許されているのに僕は許されないのか、大人になれば許されるのかなと考えていました。高校時代にも二股をかけて怒られたことがあって。普通は二股はダメなんだとようやく肝に銘じた記憶があります」

 父とは違い、彼は会社員の道を選んだ。「オレの跡を継がないか」と父に言われたことがあるが、「僕はそんな器じゃない」と断った。「おまえはオレに似ていると思っていたけど」と父は残念そうだった。彼は跡を継ぐことで父を、そして母をがっかりさせたくなかったのだという。自分が経営者に向いているかどうかくらい、とっくにわかっていた。

 だからといって卑屈になっていたわけではない。「あなたにはあなたのよさがある」と母にずっと言われてきたから、彼は自分を信じていた。

「僕はずっとチームスポーツをやってきたんです。小学校のときは野球、中学からはサッカー。高校時代は一時期、ラグビーもやっていました。大学はラグビーの同好会にいた。チームの中で自分の役割を果たすのが好きで、特に人を支えるのが合っていた」

 根っからの女性好き、しかも人を支えるのが好き。モテないわけがないだろう。本人は「とんでもない」と否定するが、実際には大学時代から女性との関係が途切れることはなかったらしい。

女性から「本当に卑怯」「死んでやる」と言われたことも

「今となっては申し訳ないと思いますが、当時は愛とか恋とかいう感覚ではなくて、女性への興味と関心がすべてだった。自分の知らないことを知りたい気持ちに近い。自分が快楽を得るために女性をその気にさせるのが楽しかった。相手の気持ちをあまり考えていなかったと思います。人を支えるのが好きなんて言いながら、女性に支えてもらっていたんでしょうね。横暴なことはしたつもりはないけど、社会人になりたてのころつきあった女性からは『あなたみたいにのらりくらりとしていて、自分の気持ちをきちんと言葉にすることなく、女に決断を投げるような男は本当に卑怯だ』と言われたことがあるんです。女性はつきあっているつもりでいたけど、僕はつきあうという概念がよくわからないと彼女に言い放ったときのことでした」

 ひとりに決めるつもりはない、結婚する気はないと彼は常々言っていた。そうなると、相手も明らかに「遊び」を求めてくる。あるいは本気でない彼を本気にさせようとして、さまざまに精神的な攻撃をしかけてくる女性もいた。

「死んでやると脅されたときは本当に怖かった。僕は平和主義者なんですよ。揉めるのは嫌だし、女性を傷つけるつもりも毛頭ない。だから僕のせいで誰かが死んだりしたら、僕も死ぬしかないと思いつめました。相手が本気で死ぬつもりはなかったとわかったときはホッとするのと同時に怒りがわいた。でもその人が『あなただって言葉にしないけど、同じようなことをしてるのよ。私を追いつめて喜んでいたんだから』と言ったとき、女性はめんどうだなと思う半面、自分の生き方が間違っているかもしれないと感じました」

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