「渡辺淳一」「伊集院静」が愛した銀座の老舗割烹「三亀」79年の歴史に幕…87歳店主が明かした「特別なことはしないで、店は静かに閉じます」の粋
「シンプル・イズ・ベスト」
南條さんは「出汁と素材にこだわってきた」と語る。刺身は本マグロ、タイ、赤貝、イカなど、店主が毎日原付バイクに乗って築地場外の決まった店から仕入れてきた。「産地など、食べ物のうんちくを語るのは野暮」と言うが、舌の肥えた常連客を納得させるだけの旬の素材を揃えていた。
「シンプル・イズ・ベスト」が店主の口癖である通り、刺身の盛り付けはすっきりとしており、穂紫蘇と「より人参」などのツマがこじんまりと添えられている。今の季節のお椀物なら、マツタケと鱧の吸い物がお薦めだった。「鱧はもうおしまい。まつたけの引き立て役だね」と店主は笑う。利尻昆布と鰹節から丹念にとった関西風の出汁が効いている。
焼き魚の定番は、さわらの西京漬けや柳カレイの一夜干しなど。名物は「茄子の油煮」や「海老真薯」「広島こんにゃく」の煮物、冬に限られるが「聖護院だいこん」を出汁で煮て細かく刻んだ油揚げを載せた一品など。山椒がピリッと効いた自家製の「ちりめん山椒」は「赤だし」の味噌汁と白米のおかずに良く合い、お土産として買い求めていく客は多かった。
南條さんはカウンター席の目の前に座り、日本酒のお燗をつけ、お勘定を計算するのが仕事である。一人で訪れる常連客は多く、丹精な料理に舌鼓を打ち、店主と語り合うのを楽しみにしていた。お元気な頃の南條さんは、テーブル席に足を運び、客と一言二言会話を交わし、挨拶をする。居心地の良いお店であった。
大人の隠れ家
作家の伊集院静は銀座で遊ぶ時、「内(なか)に行く」と表現した。銀座の他は外である。寒い冬のある日、伊集院はカウンターでフグ刺しを肴に熱燗を飲み、クラブ街に消えていった。文化勲章を受章した日本画の佐藤太清や奥田元宋、洋画家の梅原龍三郎、写真家の篠山紀信も常連客だった。「大人の隠れ家」のような店であったろうか。こうした人たちも、もはや故人となっている。
南條さんは、銀座料理飲食業連合会の役員を長く務め、地元飲食業の発展に尽力してきた。銀座をこよなく愛した店主だ。かつて銀座通りにあった百貨店の松坂屋の跡地をめぐる高層ビルの建築問題では、景観保存のために奔走した。今では銀座の歴史を知る数少ない人物である。
「特別なことはしないで、店は静かに閉じます」と南條さんは言うが、この10月は、人づてに閉店話を聞いた客で連日満席だった。筆者は、いまから30年ほど前に、担当していた渡辺淳一先生に連れられて、初めて三亀を訪れた。それ以来、作家や店主から「大人の品格」というものを教わってきた。閉店を目前にして、名残を惜しむ常連客からは「明日からどこで食事すればいいのか」という声が聞こえてきた。






