平幕優勝、不祥事で大関陥落、三段目から出直し…いま再び優勝争いに絡む32歳「朝乃山」 波乱の実力派にみなぎる「誰にも負けたくない」の気合い【令和の名力士たち】

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三段目22枚目まで下がった番付

 その後、朝乃山本人の聞き取り調査や、コンプライアンス委員会での会合を経て決まった処分は、「6場所の出場停止と50%の減給6ヵ月」というものだった。

 知り合いの新聞記者からの誘いだったとはいえ、夜の街に出て飲食をしたという事実は、コンプライアンス違反である。

「大変申し訳なかったです。日本相撲協会に迷惑をおかけしました」

 朝乃山は理事会で謝罪し、処分を受け入れた。

 大関だった番付は、みるみる下がっていった。6場所が経過した22年名古屋場所では、三段目22枚目となっていた。

 復帰の名古屋場所では三段目全勝優勝、秋場所と九州場所では幕下で6勝を上げた朝乃山は2023年初場所、十両の土俵に復帰。夏場所では、ふたたび幕内の土俵に戻ってくるという「快挙」を見せる。自分の罪を認め、「土俵復帰」を目指してひた向きに稽古を重ねた、「新しい朝乃山」の姿勢が、快挙を呼び寄せたのである。

とにかく誰にも負けたくない

 2024年には小結まで番付を上げたものの、ヒザの負傷、手術のため、5場所連続の休場も経験した。そして、今年初場所、ふたたび幕内の土俵に戻ってきた朝乃山は、9月の秋場所、13日目まで優勝戦線に絡む活躍を見せる。

「たくさんの拍手、歓声の中で相撲を取れてうれしかった。(巨漢・熱海富士戦を)ケガなく終われてよかった」

 と、本音を吐露した朝乃山。最終盤に2連敗して、10勝5敗の成績で終わったものの、敢闘賞にも値する活躍だった。

 10月の秋巡業では、取り組みの時はもちろんのこと、稽古土俵に上がるだけで歓声が沸いていた朝乃山。稽古終わりに、会場の外の公園でくつろいでいると、朝乃山の存在に気付いたファンが押し寄せて、即席サイン会&撮影会となったこともある。長蛇の列を成したファン一人一人に優しい笑顔を振りまいていた。

 番付がジャンプアップする九州場所では、連日、横綱大関陣との対戦が組まれる。

「久しぶりの上位ですから、暴れたいですね! 目標ですか? 新しい額(優勝掲額)がほしいですね(笑)。とにかく誰にも負けたくない。それだけです」

 朝乃山の目が鋭く光った。

朝乃山広暉(あさのやまひろき)
本名、石橋広暉。1994年3月1日、富山県富山市出身。富山商高から近畿大学に進み、2016年春場所、三段目付け出しで、デビュー。17年春場所、新十両昇進。秋場所、新入幕。19(令和元)年夏場所、初優勝。20年春場所後、大関昇進。優勝1回。殊勲賞2回、敢闘賞3回、技能賞1回。金星1個。187センチ、170キロ。得意は、右四つ寄り。高砂部屋所属。17年3月場所から22年5月場所までの四股名は「朝乃山英樹」。由来となった富山商高相撲部監督の浦山英樹氏は、朝乃山の幕下全勝優勝を見届けて、40歳の若さで亡くなった。

武田葉月
ノンフィクションライター。山形県山形市出身、清泉女子大学文学部卒業。出版社勤務を経て、現職へ。大相撲、アマチュア相撲、世界相撲など、おもに相撲の世界を中心に取材、執筆中。著書に、『横綱』『ドルジ 横綱朝青龍の素顔』(以上、講談社)、『インタビュー ザ・大関』『寺尾常史』『大相撲 想い出の名力士』(以上、双葉社)などがある。

デイリー新潮編集部

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