受験の課題は「今晩のおかずを描きなさい」…OBアーティストが明かす“東京藝大”天才たちの日常 「“マイケル・ジャクソンしか描きたくない!”という人もいましたね(笑)」

ライフ

  • ブックマーク

試験で“今晩のおかず”を描く

――藝大の受験はどのようなものだったのでしょうか。

中風:俺が現役で受験したときは、一次試験と二次試験がありました。現在はそれに加え、面接もあるようです。

 一次は素描(デッサン)の課題。石膏像を1日かけてデッサンするというものでした。実は、それまでは「物語を読んで自分の絵を描きなさい」みたいな変則的なテーマの課題が続いていたのですが、急にオーソドックスな方向に原点回帰したので、予備校の先生たちも驚いたようです。

 二次は、2つの課題があり、素描を1日と、F15号(注:キャンバスのサイズ)の油絵を1枚、2日間で描くというもの。確か、油絵の方は「“今晩のおかず”を描きなさい」という課題だったと思います。作風は指定されていないので、自分のスタイルで描いていいのですが、使う画材は明記されていました。過去には醤油で描く人もいたため、画材に制限ができたのかもしれません。

――いわゆる、国語、数学、英語……などの試験はないのですか。

中風:センター試験(現在の大学入学共通テスト)は受けました。ただ、噂ですが、絵画科はセンターの結果は重視せず、その後の実技しか見ていないという話を聞いたことがあります。

 自分の同級生には、センターで国語が15点だったけれど受かったと言っていた人もいました。藝大でも学科によって違うみたいですが、少なくとも当時は実技重視だったと思います。

――実技が重視されているといいますが、一次のデッサンはさておき、二次で描かれる課題は作風も本当に人それぞれですよね。評価基準が気になってしまいます。

中風:そこはシークレットになっているようで、どのような点を評価されたのかは教えてもらえないのです。ただ、藝大に受かる人の9割以上は予備校に通っているといわれますが、大学に入ってから、授業で“予備校臭さ”を指摘されることがあります。これは予備校で習ったデッサンだよね、とか。

――中風さんは現役では入学がかないませんでしたが、一浪して見事、合格したそうですね。受かったときはどんな気持ちでしたか。

中風:安心しました。喜ぶというよりは脱力するという感じで、現実味は無かった。1日中、ずっとぼーっとしていた感じがします。県立高校の普通科から藝大に行くなんて、自分の人生ががらっと変わったような感じで、意味していることがわかりませんでしたから(笑)。

「好きな人に絵を描いてプレゼントする」課題

――そんな中風さんにとって、入学後の授業は刺激的だったのではないかと思います。どのような授業が行われるのでしょうか。

中風:自分の代の時は1年目だけが上野ではなく、茨城県の取手にあるキャンパスで過ごしていました。3人の教授がついて、それぞれカリキュラムを出してくるのです。印象に残っているのが小林正人先生。「LOVE」をテーマに、「好きな人に絵を描いてプレゼントする」という課題でした。

 小林先生曰く、「好きな人に作品を渡す時は全力で作るのは当たり前で、それに加え、渡し方やシチュエーションなど、あらゆる物事を考える必要がある」とのこと。そして、2~3ヶ月の間、誰に渡すか決めて作品を描いて、実際にプレゼントしなさい、というものでした。

――秀逸な課題ですし、考えさせられるものがあります。中風さんはどんな作品を描いて、誰にプレゼントしましたか。

中風:その頃、祖父が病気で危ないと感じていたんです。以前から、祖父に「絵を教えてほしい」とか、「絵を描いてくれ」と言われていたので、この機会に絵を描いて贈ろうと。そこで、祖父の肖像を描きました。

――小林先生の評価はどうでしたか。

中風:小林先生は一言「おおっ」と言っていましたね(笑)。でも、今改めて見返すと、描き込み方にだいぶ予備校臭さが残っているなあと。

 絵として完成はしているのですが、作家性が未熟だなと思います。それでも、自分は普通科から美術に進んだので、わかっていないなりに、美しく描こうと頑張っていたとは感じますが。

――授業を受けるうえで、目標のようなものはあったのでしょうか。

中風:学部4年間を通して美術のことを深く知って、大学院に入って自分流に構築しようと考えていました。何しろ、周りの藝大生は天才的な人が多いんです。だったら、取り繕ってもしょうがないなと。あくまでも、自分は自分のペースでやろうと思いました。

次ページ:“人間のバリエーション”がとてつもなく多い

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]