「歴史改変」はどこまで許されるのか 朝ドラ、大河でも…西川美和監督の新作映画で改めて考えた時代考証の重み

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誤った歴史認識

「フィクションなのだから、別に構わないだろう」と考える人もいるが、果たしてそうだろうか。時代考証が杜撰な映像作品によって、観る側が誤った歴史認識を持ってしまうこともある。文字で読む歴史よりも、映像として見たシーンのほうが記憶に残りやすい。

 たとえば、TBS「水戸黄門」の主人公である水戸光圀は、実際には世直しの旅などしていない。だが、このドラマによって、諸国漫遊をしたと思い込んでいる人がいる。

 インドネシア独立戦争(1945年)を、旧日本軍兵士が支援した一面を描いた日本映画「ムルデカ17805」(2001年)は、国内では人気があった。

 しかし、旧日本軍の果たした役割が誇張されて描かれていたため、インドネシアでは酷評された。一定数の日本人は、映画を信じたようだ。

 深作欣二監督らが太平洋戦争開戦を描いた日米合作映画「トラ・トラ・トラ!」(1970年)は、今も評価が衰えない。その一因は、緻密で偏らない時代考証が行われたからだ。

 どんな視点で描くかによって、どの物語も色合いががらりと変わる。視点をどうするかは、制作者の裁量権の範囲内だ。暢さんの出生地は大阪で、のぶは高知だが、これも裁量の範囲内に違いない。家族構成が変わったことも許されるはずだ。

 だが、歴史的事実まで改変してしまう権利が制作者にあるのか。これは歴史に対する冒涜ではないか。とくに現代史は学校で教えることが少ないのだから、勝手に変えてしまうのは危険だ。

 朝ドラだけではない。近年のNHKの時代考証が腑に落ちない、そんな声をよく聞くようになった。

 大河ドラマ「豊臣兄弟!」(日曜午後8時)の第17回では、武田信玄(高嶋政伸)が餅を喉に詰まらせて死んだ。浅井長政(中島歩)が切腹すると、お市の方(宮崎あおい)が介錯した。

 いずれも歴史家たちの長年の研究を無視している。朝ドラも大河も、視聴率を優先するあまり、時代考証に目をつむっているのではないか。

 NHKは視聴率を気にしないと考える向きがあるが、ウソである。低視聴率では、受信料の徴収に影響が出かねないからだ。放送翌日には視聴率データがプロデューサーに届けられる。組織内文書にも視聴率がしっかりと記載されている。

 時代考証の背骨が歪んでいると、同じ失敗を繰り返したり、他国との信頼関係にヒビが入ったりしかねない。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社。放送担当記者・専門委員として、1994年のNHK連続テレビ小説「春よ、来い」のヒロイン途中交代や、1999年のフジテレビ「愛する二人別れる二人」のやらせ問題などを特報する。2015年に毎日新聞出版へ入社し、サンデー毎日編集次長を務める。編集者としては「小池百合子都知事の真実」などを担当した。2019年に独立。元・放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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