「歴史改変」はどこまで許されるのか 朝ドラ、大河でも…西川美和監督の新作映画で改めて考えた時代考証の重み

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珠玉の名作

 西川美和監督(52)の新作映画「わたしの知らない子どもたち」が高い評価を得ている。戦争孤児となった12歳の少女と、元軍国教師の物語だ。終戦直後の混乱を克明に描き出している。一部のドラマが行う歴史改変の危険性を、あらためて考えさせる機会にもなっている。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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 終戦の5か月前だった1945年3月、茅野琴子(小八重葵美)は東京から地方へ集団疎開していた。自ら望んでの疎開だったが、地元の子どもによる嫌がらせを受け、うんざりしていた。

 琴子は軍国教師の曽根文美子(二階堂ふみ)に不満をぶつけた。

「日本はまだ勝てないんですか」

 この言葉を聞き、曽根は琴子を叱る。

「みんなが戦っているの。一緒に戦うの」

 だが、日本は敗れた。琴子たちが帰還列車で東京に戻ると、かつて見た景色はなく、焼け野原が広がっていた。

 琴子の父親で音楽家の茅野孝一(竹野内豊)は行方不明。母親の千尋(つみきみほ)も姿を消した。琴子は認めたがらないが、空襲によって亡くなったらしい。

 兄で優秀なバイオリン奏者の律朗(櫻井海音)は戦地から帰還したが、爆風によって左耳の聴覚を失っていた。それに絶望し、心を病んでいた。その後、最悪の選択をする。

 一方、曽根は終戦後に子どもを産んだ。出征前の恋人との間にできた子どもである。恋人は戦死した。こうしたことなどが理由となり、曽根は教師を辞めざるを得なかった。

 そうでなくても、教師は続けられなかった。まず、本人の良心が痛んでいた。そのうえ、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は軍国教師たちの戦争責任を問い、1945年10月から、計約7000人の教師を学校から追放したからだ。

 追放される前に、自ら辞める軍国教師も多かった。教え子たちを戦場に送り込んだ責任を痛感していた。軍国教師の情報は簡単に集まった。保護者からの密告が相次いだからだ。戦時中の恨みがあったのだろう。

 子どものいる曽根は、なんとしてでも働かなくてはならなかった。懸命に仕事を探した。だが、見つからない。途方に暮れた。

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