“総工費400億円”と“常軌を逸したこだわり”が生んだ「ホテル川久」…バブル建築を代表する南紀白浜の“名城”
二度と造ることができない建築
ホテル川久は、当初は会員制のリゾートホテルとして開業したが、その会員料金も個人1口2000万円、法人1口6000万円と、目玉が飛び出るほど高額だった。しかし、もともと高級旅館であったため、ある程度の勝算があったのだろう。バブル期は会員権ビジネスが盛んで、ゴルフ場などの会員権が盛んに取引されていたためである。
バブル期真っ只中であれば、多くの会員が集まったのかもしれない。しかし、89年に当時の史上最高値をつけた日経平均株価は、91年に入ると下落が止まらなかった。イケイケな時代の余韻も残っていたものの、日本経済が確実に傾き始めていたといえる。かくして、ホテル川久もその煽りを受け、わずか4年で倒産してしまった。
99年にカラカミ観光が約30億円で買収してからは、ネットで誰でも予約できるホテルになった。そして、当時の職人技を結集した名建築が手軽に楽しめるようになったことは素直に喜びたいと思う。現在、ホテル側も館内のガイドツアーに力を入れており、見学者も増えているようである。
間違いなく、二度と造ることができない建築だと思われる。資金があっても、時代の空気感と、施主のこだわりがなければこうした建築は建たないのである。バブルの時代は成金趣味と思われるが、決してそうではなく、金の使い方、すなわちセンスが試された時代であった。ホテルの経営にこそ失敗したものの、後世に残る建築を残してくれたという点で、堀氏は間違いなく偉大な人物といえる。





