香川県庁舎は「オフィスビルの最高傑作」? 世界を驚かせた日本人の精緻な手作業

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香川県庁舎(香川県高松市)

 地元の人にとっては見慣れた存在。でも歴史を知ると、かなり立派な名建築であることがよくわかる「身近にある意外な名建築」をご紹介する本連載。2回目の今回、ご紹介するのは国の重要文化財に指定されることが決定した香川県庁舎だ。住民が日常的に訪れるこの建物への玄人筋からの評価は高い。以下『日本の近代建築ベスト50』(小川 格・著)から引用してみよう。

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 香川県庁舎は丹下健三のオフィスビルの最高傑作といわれている。

 近代建築の原則に柱、梁、縁、庇など和風建築の要素を融合して高い完成度を実現した。

 高層棟、議会棟、中庭がコンパクトにまとまって、快適な空間を実現している。特にそれを結びつけているのが議会棟1階のピロティである。思い切り高いピロティが市民に対して開かれており、中庭へ、あるいは高層棟へと導いている。

 市民に開かれた、民主主義を追求した庁舎建築として秀逸だ。

 建築表現の見せ場は、高層棟の外観である。小梁の表現をはじめ、当時の大工の技術を極限まで駆使したアクロバットともいえる表現をやってのけている。

 よく見るとその小梁の薄いこと!

 厚さ10センチほど、なんという薄さ!

 その打ち放しコンクリートの打設の正確さ!

 ということは、極めて正確な木製の型枠をつくり、中に鉄筋を配置し、そこに極めて丁寧にコンクリートを打ち込んだ、ということである。

 型枠製作には宮大工が起用され、大勢の作業員が竹の棒でコンクリートを丁寧に突き込んだ。

 実際の作業は近代的どころか気の遠くなるような手作業が要求されたのである。

 その結果、50年以上経ったいまでもコンクリート打ち放しの状態が美しく維持され、丹下の意図した効果をそのまま読み取ることができる。

 近代建築が近代の産業技術を背景に成立するというテーゼに反し、ここでは、前近代的な大工技術を用いた精緻な手作業に裏付けられたコンクリートの仕上がりを前面に押し出した工芸品のような建築であった。

 世界を驚かしたのは、近代建築の美しさというより、日本人の工芸的な手作業ではじめて実現できた精緻な工芸的な作品だったのかもしれない。

 日本には近代建築の誕生と老成が同時に訪れた。

 インターナショナルを目指した近代建築が、世界各地の気候風土、伝統文化を取り入れて多様化していく、近代建築成熟期の様相が、ここに典型的に現れている。

 日本で、戦後、本格的に建築が再開された時には、世界ではすでに近代建築の後期であり、初々しい近代建築の誕生と成熟・老成を同時に体験することになったのである。

 丹下は、広島平和記念資料館、清水市庁舎、倉吉市庁舎、東京都庁舎と「モダニズムと伝統の統合」というテーマを追求してきたが、この香川県庁舎で一つの解答を出すことに成功すると、急速にこのテーマから興味を失い、二度と取り組むことはなかった。丹下にとって「和」はそれほど本質的な問題ではなかったのかもしれない。

 1950年から6期24年間香川県知事を務めた金子正則は、丸亀市出身の画家猪熊弦一郎と親交があった。猪熊を介して丹下健三、大江宏、芦原義信らを招き、香川県庁舎をはじめ優れた建築を次々に実現し、香川県に質の高い建築文化を開花させた。

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小川 格(おがわいたる)
1940(昭和15)年東京生まれ。法政大学工学部建築学科卒。新建築社で「新建築」の編集を経て、設計事務所に勤務。相模書房で建築書の出版に携わった後、建築専門の編集事務所「南風舎」を神保町に設立、2010年まで代表を務めた。2022年1月現在は顧問。『日本の近代建築ベスト50』が初めての著書。

デイリー新潮編集部