車ごと海に落ちて死去…女優「太地喜和子さん」 同乗者たちが吐露した深い悔恨と、俳優仲間が霊安室で叫んだ「馬鹿野郎」
「潮の香り、サイコー」と両手を広げて
事故の6年後、「週刊新潮」(1998年9月3日号)は特別記事「事故死した女優『太地喜和子』四十八年の生涯」を掲載した。取材に応じたBママによれば、太地さんは事故の夜、店のドアを開けるなり「あんたの着物姿、気に入ったわ」と言ったという。馴れ馴れしいな、とBママは思ったが、しばらくして太地さんだと気づいた。
「あの人はとにかく酒が強い。ずいぶん飲んできたようでしたが、ウーロン割をかなり飲みましたね」
Bママは東京出身で、太地さんと同じ中野区生まれ。2人は意気投合した。太地さんがカラオケで歌う「川の流れのように」にあわせて、Bママと男優2人は火の点いたライターを振りながら大合唱したという。
そして「海を見たい」という太地さんの求めに応じ、午前2時過ぎ、Bママの運転する車は太地さんたち3人を乗せて海に向かった。
「タクシーを呼んだけど夜が遅いので来なかった。そこで、私の車で行くことになったのです。観光桟橋に行きました。停泊している貨物船の船長が私の友達で、いつも船内で寝ていたからです。くさやをもらい船の上で食べよう、ということになったのです。でも、船長はいませんでした」
4人は桟橋で車を降りた。
「彼女は“潮の香り、サイコー”って両手を広げました。それを見て私は“胸がないねえ”なんてからかったりしていたんです。あの時、3人のホテルは近いし、歩いて帰ればよかったんです。でも、雨が降っていたから、車に乗ったんです」
「おい、何してるんだよ。馬鹿野郎、お前!」
車はゆっくりと桟橋の上をバックし始めたが、突然、ずるずると後ろに落ちていく。慌てたBママはブレーキを踏んだが、車は後部から海に沈んでいった。
「いきなり水が入ってきて、窓をもっと開けようとしたところまでは覚えていますが、あとは苦しくて……」
昏睡状態で病院に運び込まれたBママは2日後に目を覚ました。「週刊新潮」は2016年にこの取材を振り返り、「Bママは、今は行方が知れない。かつて本誌記者に、『私は人を殺したんです』と語った時、ママの手首には切り傷があった」(2016年2月25日号)と報じている。
事故後、病院に駆け付けたのは文学座の加藤武さん。旅公演の責任者だったため、事故を知らせる電話で起こされた。
「“太地さんが海に落ちた”というので目が覚めた。飛び起きて走りました。病院にたどり着いて看護婦に聞けば、“洋服の人と着物の人が運ばれてきました。洋服を着た人はだめでした”という。愕然とした。舞台がハネた後、喜和子は着物なんて着ません。霊安室で喜和子と対面していいましたよ。“おい、何してるんだよ。馬鹿野郎、お前!”って。にっこり笑っているような、いい表情をしていたね」
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「引き揚げられた喜和子さんの顔は血の気が失せ、真っ白に」――第1回【「太地喜和子さんがまだ海中に残っていると」…92年に不慮の事故で世を去った大女優 消防署員らが明かした救助現場の一部始終】では事故の通報者と消防署員の証言を伝える。
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