「美智子さま」「小渕元総理」まで魅了した「山本夏彦さん」名物コラムの神髄…週刊新潮は嫌いでも「夏彦の写真コラム」だけは読むというファンも

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「これがなかったら、もうとっくにお陀仏だよ」

 2002年10月12日、末期の胃がんで入院中の夏彦さんは、病床で《夏彦の写真コラム》第1151回を書いていた。

 病室を訪れた長男・伊吾さんは「もういいだろう。少し休んだほうがいい。担当者に、今週は休むと伝えるよ」と言った。すると夏彦さんは「何言ってるんだ。この連載を持っていてよかった。これがなかったら、もうとっくにお陀仏だよ。書けなくなったら抜けガラだよ」と目をむいたという。

〈10月13日 ゲラ出る。間に合う

 10月14日 疲労甚し。仕事も…‥

 10月15日 小水も出なくなる〉

 ここで手帳の記述は終わっていた。夏彦さんは、その後、意識が混濁し、10月23日午前3時57分に87歳で永眠された。

 この第1151回〈遠きみやこにかへらばや〉を掲載した号は、10月17日に発売された。通常の倍ほどの文字量の“大作”である。だがどこにも「最終回」の3文字はない。明らかに夏彦さんは、このあとも書くつもりだった。だから《夏彦の写真コラム》は、第1151回で「中断」したままなのである。

【参考資料】山本伊吾『夏彦の影法師 手帳50冊の置土産』(新潮文庫)

※コラムや資料の引用は、漢数字を洋数字にするなど、主旨を変えない範囲で、表記の一部を変更しています。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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