【ブラッサム】ヒロインの今後を100倍楽しむために 「14歳で嫁ぎ、10日で実家へ…4度の結婚と離婚」宇野千代の奔放すぎる男性遍歴
心中未遂の血のりがついた蒲団で
一方、尾崎は女給で17歳の古賀清子との恋愛関係に突入。結局、千代と尾崎は別れることになるが(正式な離婚は昭和5年8月)、傷心の千代の家には、作家の牧野信一が1カ月も2カ月も長逗留していた。尾崎と別れた千代がしばらく、牧野以外の男性とも同棲していたという証言もある。
そんな千代があらたに出会った男性が、画家の東郷青児だった。東郷がまた、女性に関しては放埓を極めたような男で、昭和4年(1929)には既婚のまま、別の女性と結婚披露宴を開き、その翌月にはまた別の女性と、今度はたがいに頸動脈を切ってガス自殺を図っていた。
千代はどうやら、まだ尾崎との離婚が正式に成立する前に、心中未遂事件を起こしたばかりの東郷と出会い、事件で血のりがついた蒲団で寝て、その後、同棲をはじめたという。ただならぬ出会いである。一般的には怖気づきそうな場面で、むしろ男性に吸い込まれていくようなある種の強さが、千代にはあったようだ。
二人はいまの世田谷区代田にモダンな邸宅を建てたが、借金で首が回らなくなり、資金繰りのために、千代は地方行脚までして東郷の絵を売って回った。その際、得意先だった関西の鉱山会社の社長と、朝まで抱き合って寝たりしている。一方、東郷も心中事件の相手とよりを戻してしまい、しばらくして二人の同棲生活は終わりを迎えることになった。
千代は東郷とは入籍しておらず、尾崎士郎に続く4番目の夫になったのは、作家の北原武夫だった。昭和12年(1937)、都新聞(現・東京新聞)の文化部に所属していた北原から取材を受けた千代は、10歳年下の彼に一目ぼれしたという。二人は昭和14年(1939)に結婚式を挙げた。
夫の奔放な女性関係を許容した4番目の結婚
だが、すでに40歳を超えていた千代は、その後、北原の浮気に悩まされる。北原は再婚だったが、千代と暮らしはじめた直後から愛人がいて、戦時中、軍報道班員として徴用されてジャワ島に出征すると、そこでオランダ国籍の混血女性と関係をもった。戦後も元バレリーナを愛人にして、土地や家まで買いあたえた。
編集および発行していた雑誌「スタイル」の販売が好調で、資金に余裕があった千代は熱海市内に別荘を購入すると、北原は仕事場として使いはじめたが、熱海に行く前後には、その近くで愛人と密会していたらしい。それでも、北原が千代のもとを去ったのは昭和39年(1964)10月なので、「結婚生活」は25年も続いたことになる。
北原は千代と離婚すると、早速、女優の久下慧子と結婚している。だが、あれだけ男性遍歴が旺盛だった千代は、北原との結婚後は、ほかの男性と関係をもったという自身の証言もだれかの記録もない。自身もメチャクチャな生活をしてきた千代だから、北原のメチャクチャも許容できたのではないだろうか。その包容力の厚みが、生み出した作品も含め、宇野千代という存在の大きさを担保しているのではないだろうか。
[2/2ページ]

