「吉岡秀隆さんも2~3日滞在してくださって…」倉本聰さん妻が語る“肺がん闘病”と終活
富良野で死にたい
山下氏にとって思い出の地・富良野は、冒頭に紹介した「風のガーデン」や、代表作「北の国から」の舞台でもある。
「主人は“富良野で死にたい”と言っておりました」
と語るのは、妻で女優の平木久子さんである。
「街を挟んで反対側の山に市営墓地があるんですが、“俺はここに骨をうずめる”と。隣町に住む彫刻家の方にお願いして、今年の夏にお墓が完成しました。ちょっと変わったデザインですが、気に入っておりました」
肺がんを患っていた倉本氏は近年、車椅子や酸素吸入器を使う日々。同時に、墓だけでなく遺書を作成するなど終活にいそしんでいた。
「書斎と寝室を兼ねた自分の部屋がありまして、そこで死にたいと。入院はほとんどしていません。進行の速い特殊ながんで、他の臓器にも転移していたようです。本人はすっかり死ぬ気になっていて“早く楽にしてくれよ”と言ってました」
吸入器を自ら外す
今年の6月ごろから病状が悪化。食事を受け付けず、薬も飲まなくなる。9月に入ると、意識が混濁し、受け答えも困難になった。
「“俺が来たの分かってくれた”なんて喜んでくれた人もいましたけど、ちゃんとした話はできなくなっていました。ただ、来てくれた方には“ありがとう”って手を振ってました。純君、吉岡秀隆さんも2~3日、うちに滞在してくださって。ちゃんと話ができたかどうかは分からないんですが、手を握って……」
最期の日、9月18日は、
「もう“苦しい”“痛い”って言うぐらいで。意識はありましたが、ほとんどうなり声しかなかったです。呼吸が弱くなってきて、息を引き取る30分ぐらい前に、うっとうしかったんでしょう、苦しみながら酸素吸入器を自分で外しました」
みとったのは、平木さんと娘夫婦、そして富良野に残っている塾生たちだった。
葬儀は21日に自宅で。
「どなたもお呼びしてません。卒業生たちが棺(ひつぎ)を担いでくれて、みんなで一緒に焼き場に行きました。本人はもっと早く死にたかったんでしょうけど、私のことを気にして頑張っていたんだと思います」
お別れの会は11月3日、富良野演劇工場で行われる。






