がん患者となった大学教員が明かす「告知されてからの1週間で“やってよかった”こと」…“対策”や“希望”について書かれた本をあえて読まなかった
「がん世界」がすっと立ち現れる
連載1回目に書いた通り、それらの書籍には“対策”や“希望”が書かれているが、“最悪のケースを想像”することでイメトレ中の身にとって、“対策”や“希望”につながる情報はないほうが良かった。幸か不幸か世に溢れるがん情報はほぼ“対策”や“希望”なので、とりあえずそれらには極力接触しないようにした。
そうして日常は「非がん世界」と変わらず、忙しく過ぎていくことになった。ただ、数ヵ月後の予定が入ってきたときだけ「がん世界」がすっと立ち現れる。すごい勢いで繁殖するがん細胞を妄想し「これ受けていいんだっけ」と思う。思うが、死は“最悪のケースを想像”した結果なので「多分大丈夫」と思って、いつも通りの返事をしていた。
後々、「がん世界」を生きる上で情報の重要性は知ることになるが、多岐にわたり、かつ奥が深い、つまり量も質も、果てしなく広がっていた。素人が手を出して慌てて詰め込んだら多分、鬱になっていたか、少なくとも疲弊していたような気がする。結果的に急いでどうなるものでもなかったので、妄想しながら過ごしたのは悪くなかったと思っている。
こうして私の「がん世界」はじまりの一週間は過ぎていった。細胞検査が一週間後に控えていたので、ちょっとしたモラトリアムだったような気がする。
※記事中で引用した文献・資料の出典は以下の通りです。
「生きる」(監督 黒澤明/脚本 黒澤明・橋本忍・小國英雄/東宝/1952年)
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