がん患者となった大学教員が明かす「告知されてからの1週間で“やってよかった”こと」…“対策”や“希望”について書かれた本をあえて読まなかった
“最悪のケースを想像”する
なにか新しいことを始めるとき、イメトレから始めるのは私の習慣だった。まず“最悪のケースを想像”する。想像しておくが、さすがに最悪のケースだけにそのようなことはめったに起こらない。しばらくすると“最悪のケースを想像する”ということ自体に飽きる。飽きることで「まあ大丈夫だ」と思える。
あらためて言葉にすると恥ずかしいほど小心で臆病なやり方だが、意外とこれでうまくやってきた。
「がん世界」初心者の私は、意識せず、普段と同じ方法論を実行していたのだと思う。日々、最悪なペースで増殖する妄想の外来種。だが実際にそこまで体調は悪化していない。そこで少し安心する。そうしてどうにか日常をやりすごす。やり過ごしつつも、どこかで今までとは違ってしまった世界を横目で見る必要がある。そのための妄想。
宣告を受けてからの一週間、「がん世界」への対応として私がやったことは妄想だけだった。
「命の限界を知ったとき、人はなにをするのか」をテーマにした物語は多い。
代表的作品が黒澤明監督の映画「生きる」(1952年)だ。定年間際の役人が余命一年足らずと知って、公園を作ることに尽力するという物語。役人を演じた志村喬がブランコで揺られながら「ゴンドラの唄」を唄うイメージが思い浮かぶ方も多いのではないか。
古典的名作だけにご存じの方も多いとは思うが、あらすじは次のようなものだ。
なお、あらすじは私の解釈を含むものであること。かつネタバレになることをあらかじめ申し上げておく。
“残された時間で何をするか”ではなく
物語の主人公、市役所勤めの渡辺勘治は書類にハンコを押すだけの無意味な仕事に日々をやつしている。ある時、胃に不調を感じ、30年無欠勤だった役所を休んで医者に行く。医者はがんの告知をしないが、その態度から、渡辺は余命が一年もないことを悟る。その夜、自分の人生の空虚さに涙する。翌日から無断欠勤し、放蕩三昧の日々を送る。
数日後、渡辺は部下である若い女性、小田切と出会う。小田切は役所を退職したいと考えており、そのために渡辺の承認が必要だったのだ。渡辺は小田切が自分の意思で生き方を決めようとする姿に関心を持つ。
渡辺は、どうしたら活気をもって生きられるのか教えてくれと小田切に迫る。そして小田切の「課長さんも何か作ってみたら」という言葉で、渡辺は公園作りを決意する。
告知をうけてからおよそ二週間後のことである。「生きる」は144分の映画だが、ここまでで90分、およそ3分の2を費している。
こうしてみると「生きる」は“残された時間で何をするか”ではなく“どうやって成すべきことを見つけ、決意するか”を丁寧に描いた作品だと言える。自分の生き方を後悔している人物が、残された時間でできることをゼロから必死になって探し、二週間で見つけ、実現する物語。
さて自分の場合はどうなのか、と思う。渡辺のように自分の人生を空虚だったとは思わないが、告知からの一週間は、がん細胞が増殖していく様子を妄想していただけだ。死ぬまでに成し遂げたいと思えるような何かは持ち合わせていなかったし、その後、何か使命のようなものが見つかったわけでもない。強いて言えば、書き始めたばかりのこの連載をできるだけ続けることぐらいだ。
宣告を受けてからの一週間、妄想しかしていなかったと書いたが、がん患者がやりそうなことで、どうしてもやりたくなかったのが、がん関連の本やブログを読むことだった。
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