「もう話はすんだ。それではさようなら」…誰もが真相を知りたがった「スチュワーデス殺人事件」“疑惑のベルギー人神父”の肉声

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ベルメルシュ神父に会った作家の証言

 出国後のベルメルシュ神父は、どうなったのか。各マスコミが追ったが、閉鎖的な教団の壁に阻まれ、なかなかわからなかった。

 そして1988年、週刊新潮が、電話取材だが、ついに本人をキャッチする。同年1月7日号《特別読物 ベルメルシュを追え》と題する、10ページの大特集だ。当時、神父はカナダ、ニューブランズウィック州セント・ジョンに赴任していたが、旅行中で、母国ベルギーの弟の家に滞在していた。週刊新潮は、その家に電話を入れた。当時67歳のベルメルシュ神父が電話に出た――。

〈「私が日本にいたのは27~28年前のことなのに、どうしておまえは私に関心を持っているのか?」「私についてのニュースが知りたければ、東京のサレジオ会に聞いてくれ」「もう話はすんだ。これ以上、質問に答えない。日本ではもう私を覚えている人はいない。28年も大昔なのだ。ずっと宣教師をしていた。それでは、さようなら」〉

 電話インタビューは、呆気なく終わった。

 これで、“ベルメルシュ追跡”は、終了したかに思えた。だが、その後も事件を追いつづけ、なんとカナダまで行き、神父本人にインタビューしていたひとがいたのである。

 それは、ルポルタージュ作家の大橋義輝さん。元フジテレビ記者・プロデューサー、元週刊サンケイ記者である。忘れられた事件を丹念な取材で追う作家で、ベルメルシュ事件については、『消えた神父を追え! BOACスチュワーデス殺人事件の謎を解く』(2014年刊)、『消えた神父、その後 再び、BOACスチュワーデス殺人事件の謎を解く』(2023年刊)の2冊の著書で、事件の全貌と神父のその後を描いている(ともに共栄書房刊)。

 この2冊によれば、大橋さんは、2014年1月、カナダ、ニューブランズウィック州セント・ジョンを訪れている。ここには、ベルメルシュ神父が設立したサレジオ教会があり、内部ホールには、ローマ教皇の写真額とともに、ベルメルシュ神父の肖像写真が掲げられていた。町には、神父が建てたフランス中学、さらに〈ベルメルシュ劇場〉と呼ばれるシアターまでもがあった。地元の公立大学からは名誉博士号が送られていた。要するに神父は、町の名士だったのである。

 神父はすでに引退しており、高級マンションに隠棲していた。大橋さんは、なかなか姿を見せない本人を何日も待ち、苦心の末、インタビューに成功する。

 ここで話は遡る――実は1959年6月、急に出国した神父が、パリ行きのエール・フランス機に乗った際、偶然すぐ後ろの席にいて親しくなったのが、読売新聞国際部の奥山達記者だった。ナベツネこと渡辺恒雄、氏家齊一郎とともに、読売同期三羽烏と呼ばれた名物記者だった。2人は、アンカレッジやモスクワなどの経由地でも一緒に過ごす仲になった。神父は「いま、日本中で一番有名なガイジンです」と自己紹介し、「あなたが嘘を書かないというのであれば、取材を受けてもいい」と言った。かくして、スクープ記事《神父と一問一答 東京―パリ・空の旅三十時間 すべて教団の命令 日本にまた帰りたい》が掲載された。日本警察からの要請があれば「いつ、どこにいても受けるつもりです」、神父を辞任する意思は「そんな気持ちは少しもありません。これからも与えられた職に精励します」などと答えている。

 大橋さんは、カナダへ行く前に、当時88歳の奥山元記者に会って話を聞いていた。そして、奥山元記者のメッセージを届けたいとの名目で、ベルメルシュ神父に会見を申し入れたのだった。

 神父はこのとき93歳。顔を合わせると〈彼は怒りの表情を浮かべたまま、口を開かずに黙して私を睨みつけてきた〉。だが、奥山元記者のことを話すと覚えていて、反応を見せたが、なかなか深い会話にはならない。やがて「私はガンだ。もうすぐ死ぬ」「もうベッドに戻り寝ていなくてはならない」と、引き返してしまう。

 2017年3月、ベルメルシュ神父は96歳の生涯を終えた。1週間後、セント・ジョンのサレジオ教会から霊柩車が出発し、聖ジョセフ墓地で埋葬式が執り行われた。その後、神父が生まれたベルギーの町のサレジオ教会では、追悼ミサも行われた。大橋さんの著書は、神父の日本出国後の足取りや、没後の様子もていねいに描いている。

 これ以後、〈ベルメルシュ事件〉を追うひとは、もういない。

【前編は「『あの神父、なんとなくニオうな』…昭和の未解決事件『BOACスチュワーデス殺し』を追った刑事の“告白”と、松本清張氏が小説で描いた“怒り”」】

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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