「1学期に黒板に『大和魂』と書いた教師が、2学期には『民主主義』と書く」――敗戦後の日本人は本当に“無節操”だったのか
敗戦後、日本は天皇制国家から民主主義国家へと大転換を遂げた。しかし、それによって私たち日本人の精神はどこまで変わったのだろうか。
京都大学名誉教授の佐伯啓思氏は新刊『日本人の精神I 権威と空気の構造』(新潮選書)で、終戦後、占領軍がやってきても、日本人の心の持ちようは本質的なところは同じだったのではないかと説く。以下、同書から一部を再編集して紹介する。
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民主主義国家への変身
多大な犠牲や国土の破壊を招いたとはいっても、あの悲惨な戦争の終結が、人々にある解放感を与えたことは疑いえないであろう。米国の占領政策とはいえ、日本に「配給」された自由や民主主義が人々に新しい風を送ったことも理解できよう。敗戦を機に、日本は天皇制国家から民主主義国家へと大きく変質を遂げた。確かに日本は生まれかわった。
問題はその移行の仕方にある。戦争終結とはいえ、戦争の犠牲者の記憶も痕跡も癒えず、いまだに大陸からも南方からも帰還できない兵士があまたおり、米軍による原爆投下や爆撃の跡がなまなましい時代である。
この焦土のなかで、どうして天皇陛下万歳は民主主義万歳に変わってしまったのか、ということである。天皇主権が人民主権に変わって、果たして「天皇制国家」はすっかり姿を消したのであろうか。
新たな天皇
それはあまりに楽観的過ぎる。「天皇」が「神」ではなく「人」となれば、人々は別の天皇を求める。坂口安吾のいい方を借りれば、戦争ですべてを失った日本人は、徹底して堕落すればよい。そしてその後に人々は新たな天皇を求めるだろう(『堕落論』1946年)。
新たな天皇が何かは誰も確信を持ってはいえまい。だが、1945年の8月15日の夏が過ぎ、GHQの進駐の秋が過ぎてしばらくたてば、人々は天皇陛下万歳からマッカーサー万歳に乗りかえたのだ。
さらに時間が経過すれば、それはもっと穏やかに、平和憲法万歳、民主主義万歳へとなだらかに変節してゆく。誰もが大昔から「平和」と「平等」を愛していたかのように、憲法万歳と民主主義万歳といいだす。「現人神」という「垂直軸の権威」はもはやすっかり神通力を失った。
天孫降臨・天壌無窮、万世一系という大掛かりな仕掛けにもとづいた天皇制度は、英国流の開放的でにこやかな皇室制度へと化粧直しを施される。では、国民をまとめる権威の構造はどうなるのであろうか。「水平軸」も「垂直軸」も失われた後に、日本の「権威」のありかはどうなるのであろうか。
「大和魂」から「民主主義」へ
山本七平がある人の言葉を引用しているが、「一学期に黒板に『大和魂』と書いた教師が二学期に黒板に『民主主義』と書く」のである。しかしだからといって何らかの変化が起きるはずもない。教師も生徒もその日常性においては数か月前のままである。変わったのは、その日常性の上に乗っかっている虚構だけだ。こう山本はいう(「『水=通常性』の研究」『「空気」の研究』所収。文春文庫)。
「大和魂」から「民主主義」への大転換がどうしてかくもあっけなく生じたのか、われわれは不思議に思うし、しばしばこの変わり身のはやさに日本人のいかにも無節操な杜撰さをみる。
ルース・ベネディクトは、この日本人の変わり身のはやさに驚いた。それは称賛に値する驚きではなく、どちらかといえば侮蔑的感情の濃く入り混じった驚きである。ベネディクトでなくとも、西洋人にとっては、これは実に無節操な変質に思えるだろう。
それはまた、長いものには巻かれろ的な機会主義、いいかげんな日和見主義とも映る。しかし、日本人は本当に変わったのだろうか。山本は、実際には何も変わっていないというのだ。
「普通の人」の「日常性(通常性)」からすれば、変わったのは黒板上の文字だけだった、ということもできるのであって、日常性に準拠すれば、天皇もまた民主主義も一種の虚のシンボルであり、「空車(むなぐるま)」であった。「天皇」に代わって担ぎ出されたのが「民主主義」という「空車」だったというわけだ。
神輿は変わっても
これは「日本人論」としても「戦後論」としても重要な論点だと思う。ひとつの虚構を別の虚構に取り換えても本質的には何の違いもない。祭りの神輿は変わっても、神輿を担ぐ人々は何も変わらない。
神輿はともかく、人々は、汗水たらし、お互いに力を競いつつ協力し、大声をかけながら神輿をかつぐ。その「かつぐ」ことこそが人々をひとつにまとめる。そこにまた人々の「日常性」がある。神輿という虚構を、なかばそうと知りつつ担ぐ行動こそが、庶民大衆の「日常性」なのである。
庶民大衆とは、毎日それなりにうまい飯が食え、それなりの愉楽があり、生活の安寧が続き、家族・一族が安泰で、社会の秩序が破壊されなければよい。「普通の人」の生とはそういうものである。
柔軟で手前勝手
今日はやりの言葉でいえば、「持続可能」な生が続けば、神輿自体は二の次である。もともとそれは「空車」なのである。少し極端にいえばそういうことになる。これは「無責任の体系」や「抑圧の移譲」というようなものではなく、生活者としては当然のことであろう。
為政者が誰であろうと、生活の安寧と社会の秩序を保ってくれればそれに従うという、よくいえば柔軟、悪くいえば手前勝手な態度は、絶えず外敵の脅威に晒され、自らの力で身を守るほかにないという厳しい緊張状態に置かれた国家とは違っている。日常の中に、そのような緊張の糸がぴりっと張られるという経験がほぼ欠落しているのが日本の庶民大衆の置かれた世界であった。
結局のところ、戦後日本の変化は表面的な「権威」の置き換え、つまり、社会が担ぐ「神輿」の掛け替えでもあったのだ。
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※本記事は、佐伯啓思著『日本人の精神I 権威と空気の構造』(新潮選書)の一部を再編集して作成したものです。











