父には隠し子がいた…我慢ばかりの母を自由にしたかった。5歳下の妻に“母の面影”を重ねた53歳夫の静かな情熱
「食べさせてもらうのは本意ではないのだけど…」
ふたりは会社の借り上げ住宅に住み、新婚生活をスタートさせた。怜菜さんは退職、まずは家庭を整えることに専念したいと言った。社内では仕事のできる人と評判だったから、賢造さんは少し意外に思った。
「怜菜は、『あなたに食べさせてもらうのは本意ではないのだけど、正直言うと、私はバリバリ仕事をするより家庭で家族のために生きていきたいの』と結婚後に打ち明けました。結婚前には言えなかったと。ひとりよりふたりで稼いだほうが経済的には楽だけど、分業も悪くはない。家庭のことは任せてもいいかなと思いました」
自分で言うように怜菜さんは、いわゆる「家庭的な女性」だった。家事万端抜かりなく、料理はとびきり上手だった。ピザの生地も餃子の皮も手作りで、しかもおいしかった。毎日定時で帰って、妻と夕食の卓を囲みたいところだったが、当時の彼はとても忙しく、残業が続いたり出張があったりと仕事に忙殺される時期も多くなっていた。
「怜菜には悪いことをしたと思うけど、同じ会社だったから理解はありました。あのころは週末も家にいないことがあったから、平均すると家で食事をするのは週に2回くらいだったかもしれません」
それでも怜菜さんは文句を言わなかった。ワイシャツもハンカチも、いつもピシッとアイロンがかかっていた。
そして1年後、怜菜さんの妊娠がわかった。
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怜菜さんの妊娠によって、賢造さんの人生はようやく落ち着くように見えた。記事後編では、2人を待っていた思いがけない喪失を紹介している。
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