なぜ日本人は「香水」より「無臭」を好んできたのか…赤バン、8×4、シーブリーズ…「制汗剤」でふり返るニオイ消費の半世紀史

  • ブックマーク

ジェネリック香水も

 無香を愛してきたこの国で、ここ数年、静かな地殻変動が起きている。香水・フレグランスが、ようやく一般層に下りてきたのだ。

 数字がそれを語る。フレグランスの国内市場は2023年に前年比二桁増の500億円規模、2024年はさらに15.0%増の575億円と、2年連続の二桁成長を記録した。三越伊勢丹の「サロン ド パルファン」のようなイベントで体験の場が増え、SNSで「自分だけの香り」「他人と被らない香り」を探す動きが、Z世代を中心に広がった。コロナ禍のセルフケア需要も後押しした。

 かつて“香水砂漠”と呼ばれた国が、変わり始めている。

 ただし――ここが重要だ。日本人は「香りが嫌い」だったのではない。「強い香り」が苦手なだけだ。だからこの復権を牽引しているのは、濃厚な香水そのものではなく、“近づくとふんわり香る”ライトフレグランスである。

 香料濃度の低いボディミストやヘアミスト、柔軟剤、シャンプー、ヘアオイル。「香水をつける」のではなく「ほのかに香らせる」。香りの楽しみが、香水という一商品にではなく、無数の日用品へと分散・進化したのが日本流だ。

 その象徴が、コンビニの売場に表れている。昨年、ローソン限定で発売されたマンダム「GATSBY」のボディペーパーで、フィグ、いちじくの香りがSNSで話題となり品薄になった。従来の柑橘やシャボンとは違う、甘く上品な意外性が、男性向け機能商品の枠を超えて女性からも支持された。

 汗ケアという“機能”に、香りという“気分を上げる体験”が乗った好例だ。ローソンはこの流れを受け、2026年にはフィグの香りのクールボディミスト、ボディスプレーをマンダムと共同開発して限定展開している。

 さらに踏み込んだのが、ローソンのコスメブランド「HOWAN」のヘア&ボディミストだ。SNSでは「某ハイブランドの香りに似ている」という投稿も相次ぎ、いわば「ジェネリック香水」として話題を呼んでいる。

 強すぎないミスト設計で、香水が苦手な人でも日常使いしやすい。ハイブランドの香りを手軽に近似体験する――食の分野では、銘菓「萩の月」にそっくりな「ふわころ」をセブンが展開するなど、「ジェネリック食品」生産の動きが起きているが、ローソンの「HOWAN」も、まったく同じ消費心理に支えられている。

ニオイの消費史は、日本人の自意識の歴史だ

 整理すると、日本のニオイ消費はこう動いてきた。

 体臭が強く出にくい人が多いという体質的な傾向、清潔を重んじる生活文化。これらが重なり、日本では長らく「香りを足す」より「ニオイを消す」方向に消費が進んできた。

 欧米における香水のポジション、つまり毎日のエチケット必需品の役割を、日本では制汗剤が引き受けてきたのである。

 そして2020年代、無臭一辺倒だった国にも、“強すぎない香り”という形で香りの楽しみが戻りつつある。

 制汗剤は「嫌われたくない」という守りの消費。香りのミストは「自分を整えたい」という攻めの消費。この二つが今、コンビニの同じ棚で隣り合っている。

 猛暑が夏を長くし、SNSが「いい香りの人」という評価を可視化する時代に、日本人のニオイへの自意識はますます精緻になっていく。

 売場に立ってきた人間として確信しているのは、次のヒットは「機能」と「香り」を両立させた商品から生まれる、ということだ。守りと攻め、消臭とほのかな香り。その境界線が溶けていく場所にこそ、次の消費のヒントがある。

※フレグランス市場の数値は富士経済「化粧品マーケティング要覧」より。制汗剤市場の規模・剤型比率は業界紙・業界各種調査、インテージ等に基づく推計を含み、出典により集計範囲が異なる

渡辺広明(わたなべ・ひろあき)
流通アナリスト。コンビニジャーナリスト。1967年静岡県浜松市生まれ。株式会社ローソンに22年間勤務し、店長、スーパーバイザー、バイヤーなどを経験。現在は商品開発・営業・マーケティング・顧問・コンサル業務など幅広く活動中。フジテレビ『FNN Live News α』レギュラーコメンテーター、TOKYO FM『馬渕・渡辺の#ビジトピ』パーソナリティ。近著に『ニッポン経済の問題を消費者目線で考えてみた』(馬渕磨理子氏と共著、フォレスト出版)がある。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。