なぜ日本人は「香水」より「無臭」を好んできたのか…赤バン、8×4、シーブリーズ…「制汗剤」でふり返るニオイ消費の半世紀史
制汗剤・半世紀の消費史
制汗剤がここまで日本人に定着したのは、決して偶然ではない。剤型、つまり製品の形の進化を追うと、市場が拡大してきた構造がはっきり見える。
起点は意外に古い。ライオンが日本で初めて制汗剤として発売したのが、1962年のロールオンタイプ「Ban」だ。赤いパッケージから“赤バン”と呼ばれ、今も売られるロングセラーである。
だが市場を一般家庭に広げたのは、むしろスプレーだった。1974年、ニベア花王が日本初のパウダースプレー「8×4」を発売。手早く広範囲に使える手軽さで、1990年代まで制汗剤は「部活帰りの女子中高生がシュッと使うもの」だった。スプレーは2000年代まで剤型の大半を占めていた。
私自身も中学時代、テニス部の部活に熱中していた1980年ごろ、「汗臭い」という理由で親からロールオンを与えられたのが、制汗剤デビューだったことを思い出す。
当時はスプレー全盛で、直塗りのロールオンを使っていた中学生は少数派だった。しかし、いま振り返ると理にかなっていた。一般的に、汗をしっかり抑えるという点では、スプレーよりロールオンの方が効果を実感しやすい。ロールオンは有効成分をワキに直接密着させるため、汗腺にしっかり作用し、制汗・消臭効果が長続きしやすいからだ。
一方、スプレーは広範囲に手早く使え、使用後の爽快感もある。つまり、しっかり汗を抑えたいならロールオン、手軽にリフレッシュしたいならスプレー。この使い分けが、後の制汗剤市場の拡大につながっていく。
転機は2000年代だ。資生堂の制汗ブランド「AG+」が大ヒットし、目的も「サラサラ」から「対人エチケットとしての消臭」へと変わった。
制汗剤は、この頃から「汗を止める商品」ではなく「嫌われないための商品」へと役割を変え始める。2010年代半ばには「スメハラ」という言葉も広まり、ニオイは本人だけの問題ではなく、周囲への配慮として語られるようになった。
そして剤型は多様化する。朝はロールオン、日中のオフィスではスプレー、外出先ではシート――時間と場所で使い分ける消費行動が定着した。スプレー一辺倒だった市場は2010年代に比率を大きく下げ、代わりにロールオン、スティック、シートが急拡大した。
売場では、この変化の影響が非常に大きかった。剤型が増えるほど、一人が持つ本数も使う回数も増える。つまり客単価が伸びるのだ。市場規模は2000年代の300億円弱から、2010年代には500億円規模へと拡大したとされる。猛暑も追い風になった。記録的な暑さの年には市場が一段跳ねる、という気温連動も制汗剤の特徴だ。
さらに近年は男性市場が大きく伸びている。これまで何の対策もしていなかった男性が、シートやスプレーで購入に参入してきた。“未対策層”という最大の伸びしろが、市場を下支えしている。
コンビニが鍛えた「香りで選ぶ」という発想
実は、制汗剤を「香りで選ぶ商品」へと押し上げた現場のひとつが、コンビニだった。
筆者がローソンのバイヤーだった2003年、ライオン「Ban」と組み、ローソン限定の香り付き制汗剤を立ち上げた。第一弾は「ピーチ」と「アイスティー」の2種。翌2004年は「ワイルドストロベリー」「ジューシーオレンジ」、2005年は「フレッシュマンゴー」を加え、好評だった香りは継続販売した。当時のアンケートで女子高生の人気1位を取った香りもある。
これは単なる思い出話ではない。メーカーの信頼感を残したまま、小売チェーン専用の香りとパッケージを作る――この手法は、2007年に本格化するセブンプレミアムなどPB、プライベートブランド全盛時代の“前夜”にあたる、メーカー×小売限定品の先駆けだった。
ライオンが米国から「Ban」の日本商標権を取得したのが2001年末。その直後の攻めの一手に、コンビニという最前線の売場が組み合わさった瞬間だった。
「食べ物・飲み物モチーフの親しみやすい香りで、毎年バリエーションを入れ替える」というこの座組みは、20年後の今もコンビニ限定の香りケア商品として脈々と続いている。
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