「細木数子先生に地獄に堕とされた」ホストが語る、女帝の怒りを買った“京都の水”事件 店を去ることになった「おそろしすぎる一夜」
「地獄に堕ちました」
この“京都の水”事件がきっかけで、光司さんは細木氏からとんでもない制裁を受ける羽目になった。
「細木先生はね、月締めの日の必ず23時50分に来るんですよ……24時が締め切りなので、その10分前に。そこで高価なボトルをどーんと一気に入れて、むりやり自分の指名ホストを1位にさせる」
細木氏の担当ホストの一派は締め日になると、売上トップを誇る光司さんのテーブルに何度も足を運び、その時点でいくら売り上げているかを細かくチェックしていた。
「ある月、ついに細木さんが来なかった。24時を回ったら、店中のスタッフやお客様が『おめでとう、今月のトップだね!』と声をかけてくれて……終わって喜んで帰ろうとしたら、経理スタッフだった愛田社長の息子さんが“こうちゃん、ゴメン! 2位になっちゃったんだ”って言うんですよ。なんと細木さんが24時10分に現れたとかで、ボクが2位に落ちたって。それはおかしいでしょ」
業界のルールではあり得ない逆転劇――店は、看板ホストより太客の面目を取ったのだ。衝撃を受けた光司さんは、その場で「辞めます」と言い放った。
「本当に辞めましたよ。だって時間過ぎに現れて売上を立てて負けるとか、それじゃ店として間違ってるでしょ。ボクにも応援してくれるお客様がいて、その方たちにも悪いと思って」
そこからの人生が一気に狂った、と光司さん。細木氏お得意の台詞ではないが、本当に“地獄に堕とされた”格好だった。
「辞めた直後に手元にあったお金は、4年間ほぼ毎日遊びに使って、全部きれいに使い果たしましたよ。残ったわずかな元手で飲食店の経営を始めたのですが、全然うまくいかなくて。借金を抱えて、逃げるようにギャンブル依存にもなって。最後は脳梗塞まで患った」
なんとか健康を取り戻し、“ホストこそが自分の天職”と肚を決めた光司さんは、41歳のとき、愛本店への復帰を決める。愛田社長は何も言わず、再び迎え入れてくれたという。だがその頃すでに、細木氏の姿をテレビで見ることはなくなっていた――。
これからのホストは
光司さんは50歳を機にホストから引退した。26歳下の女性と結婚したのだ。それから2年間、《50代無職ヒモ》《ホスト歴30年シーラカンス光司》などのキャッチフレーズでYouTubeやSNSで発信を続けてきた。今後は長い歴史を知る“ホスト評論家”として活動するつもりだ。また「今だからこそ、マダムに愛されるような本物のホストの出番がある」とも。
「逆に言えば、法改正や取り締まり強化で、色恋営業も売り掛けも使えなくなった今こそ、本当に接客ができるホストが評価される時代になってきたと思います」
“話術があって、礼儀があって、お客さんを楽しませる力がある人”が光司さんの思う「プロのホスト」だ。令和のホストのように、若いホストが若い客から巻き上げるような真似はしてはいけない。
「愛田社長は昔から『若い子を追いかけるな。マダムを相手にしなさい』と言っていました。当時は正直、その意味がよく分からなかった。でも今になって振り返ると、あの言葉が一番正しかったんだなと思います」
光司さんが再び夜の世界に復帰し「新しい令和のホスト像」を作りだす日も近いのかもしれない。
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