なぜ“天皇陛下の訪韓”は実現しないのか…外務省に宮内庁、官邸の意向も絡む「皇室外交」の知られざる実態
訪中は失敗だった?
「外務省さんの短期展望では、トランプ氏が現職の大統領であるうちは、天皇皇后両陛下の訪米はまずありえないでしょう。皇室の国際的な信用が、思わぬ形でトランプ氏に対中や対露のディール(取引)に利用される事態は避けたいからです。そこはうち(宮内庁)とも意見が一致するところなのです」
一方で、中韓との関係に目を転じると、上皇陛下のかつてのご訪中を“大失敗だったのでは”と捉える国民が多いのに対し、外務省の受け止めは、やや異なるようだ。
上皇陛下は1992年、歴代天皇として初めて中国大陸を訪問している。その3年前の1989年に起きた天安門事件で民主化運動を弾圧し、中国は西側諸国から経済制裁を受けていた。窮地に陥っていた中国政府が、事態を打開する目的で日中国交正常化20周年を利用。再三再四にわたって日本政府に訪中を要請し、実現にこぎ着けたものだ。
世界に14億人の信徒を抱え「キリストの代理人」と呼ばれるローマ法王(教皇)。
かつて世界最大の領土を誇り「太陽の沈まぬ帝国」と称された大英帝国を率いた英国王。
それらと並び、国際的に尊崇の念を集めている「世界最古の王室」のトップである日本の天皇から中国政府は、「日本は中国国民に対し多大の苦難を与えた」とする反省の言質を得たことで、人権問題の“加害者”から“被害者”へと、立場を大転換させることに成功して、国際的孤立を脱した。
この点について、「天皇の存在が、中国に都合よく利用された」とする評価が国内では一般的だが、外務省では失敗だった部分はあるものの、中国と対等な交渉を進める上で常に障壁となってきた「戦後のけじめ」を既成事実化することができたと、高く評価する向きが、確実にあるのだ。
こうしたこともあって、外務省は韓国との「戦後のけじめ」についても長年、模索を続けている。韓国外務省は日本の「お代替わり」直前の2019年3月、過去の外交文書を公開。昭和天皇が吐血した1988年9月、当時の村田良平外務次官が韓国の李源京駐日大使に、即位が秒読み段階に入った皇太子(現在の上皇陛下)の速やかな韓国訪問の実現を「期待している」と述べたと記されていたことが、明らかになっている。
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