頭蓋骨骨折、脳挫傷でほぼ即死…「6歳児誘拐犯」を“身代金受け渡し現場”で轢いた大型トラック、運転手が葬儀に駆けつけた理由
兵庫県芦屋市で発生した6歳児誘拐
第1回【身代金の受け渡し場所に突然の大型トラック…「誘拐犯」として轢死した「ハニカミ屋の男」、元上司が語った“目に見える変化”とは】を読む
1985年3月8日、兵庫県芦屋市で6歳児Cちゃんの誘拐事件が発生した。犯人のAが要求した身代金は5000万円。受け渡しに向かう6歳児の父親、Bさんに次々と指示を出し、移動させるという手口は、この年の前年から始まった「グリコ森永事件」を一部模倣したものだった。
「グリコ森永事件」に触発され、80年代半ばは誘拐事件が相次いだ。この芦屋幼児誘拐事件もその1つである。管轄した兵庫県警は「グリコ森永」での失態を繰り返すわけにはいかなかった。だが、事件は身代金受け渡し現場で衝撃の結末を迎える――。「週刊新潮」のバックナンバーで事件の経緯を振り返る。
(全2回の第2回:以下「週刊新潮」1985年3月10日号掲載記事を再編集・加筆しました。文中の年齢、肩書き等は掲載当時のものです)
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【写真】誘拐多発の80年代…「マニラ日本人誘拐事件」は大企業の支店長が人質に
3人目の縁もゆかりもない人物
下り車線の側の長屋バス停にBさんが立っている。と、そこへ、上り車線の側から1つの人影が飛び出してきた。
Aが来た! ――18時間前に擦れ違っただけで縁もゆかりもないAとBさんが、いよいよ初めて面と向かうときが訪れたのだ。だがその瞬間、3人目の縁もゆかりもない人物がまさかの方法でそこへ突っ込んできた。
それは、扶桑の4トントラックを運転していた20代のDさんである。青果会社の商品を運送するのが彼の仕事。この日は香川県で積んだミカンを石川県へ運ぶ途中だった。
Dさんは急ブレーキをかけたが、Aの体は大きく跳んだ。頭蓋骨骨折、脳挫傷でほぼ即死。路面に叩きつけられたAの胸ポケットから、Cちゃんの名前と自宅の電話番号を書きつけたメモが出てきて、やはりこの事件の犯人だったことが確認された。そして、所持していた免許証からAの名前が割れた。
その後に出てきた遺留品の犯罪計画ノートや、AがBさん宅に残した衣類の繊維などから、Aの単独犯と断定されたわけである。十数人の資産家をリストアップして下見するうち、リストになかったBさんを与しやすしとみて、急遽襲ったらしいというのが警察の推測だった。
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