「われわれとは身分が違います」 教え子が遠慮した「美智子さまの伯父」の葬儀、当時の侍従長らが明かした“皇室の葬儀事情”

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天皇家や宮家の香典額は微々たるもの

 宮家の立場については、常陸宮家の東園基文侍従――。

「東宮妃殿下の祖父に当る正田貞一郎氏が他界されたとき(1961年)も、常陸宮家としては、喪に服されている東宮妃殿下に喪中のお見舞を申し上げただけのように記憶しています。今度の場合も喪中お見舞ということで、香典をお出ししたり、葬儀に参列されることはありません」

 しかし、これがご兄弟ということになると、相手が民間人でも事情は変わってくる。たとえば鷹司平通氏のとき――。

「義理とは申せ、常陸宮さまにとっては、兄に当たるわけですからね。ご葬儀にはもちろん、それ以後も何かと心を配られ、毎年1月27日の命日には、必ず墓地に花を贈られるか、自ら持って行かれています」

 なお、関係者は口を緘(かん)して語りたがらないが、たとえ天皇家や宮家が香典などを包まれたとしても、その額は微々たるものであるらしい。また、供物の類も、たとえば東久邇成子さんの葬儀のときは、3個のグレープフルーツをお持ちになっただけという。

教え子たちは「今回は遠慮」

 しかし、「一般弔問客をおもんばかって」という、こうした天皇家のご配慮も、現実には必ずしも功を奏しているとはいいきれない。

 早い話、今回の場合だが、正田建次郎氏は昔からざっくばらんな性格の人だったという。阪大時代の教え子や後輩たちの話では、その講義は緻密で、とくに試験の採点は厳しく、どしどし落第点をつけて学生たちを恐れさせたという話だ。が、その代わりに追試を何回もやり、結果的には、ほとんどの学生を落第から救済したという。

 そして天気がよい日などには、授業を休講にして、学生たちと連れ立って京都や奈良に出かけることもあったらしい。アルコールは最近になるまで、「ウイスキーを2日に1本あける」というペース。学生たちに振舞うこともしばしばだったようである。

 それだけに、在阪の教え子たちは、今回の訃報を聞き、大挙上京したい意向のようなのだが、それでも彼らをしてためらわせるものがあったらしい。

「皇室のご親戚ですからね、われわれとは身分が違います。ですから、今回は遠慮しようかと考えています。私らはなんぼでも行けるんですから。あとで落ち着いた時点にお伺いし、奥さまにもずいぶんお世話になっていますので、何らかの形でお役に立ちたいと思っています」

 阪大の某教授の意見である。

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