若手歌人から絶大な支持「穂村弘」がデビュー40年を迎えても「軽やか」でいられる理由

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 1986年、連作「シンジケート」で第32回角川短歌賞次席となった穂村弘。それから40年、「いまの若手歌人にとって短歌の世界は穂村弘から始まる」と言われるほど絶大な人気を維持している。

 穂村弘はなぜ40年もの長きにわたり新世紀の短歌界をリードし続けているのか。宮中歌会始の選者を務める歌人・三枝昻之さんが、105首の名歌を選んで解説した新刊『百年の短歌』から、一部を再編集して紹介しよう。

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 秋の始まりは動物病院の看護婦(ナース)とグレートデンのくちづけ――穂村弘

 いまの若手歌人にとって短歌の世界は穂村弘から始まる。極端にいえば、彼らは穂村より前の世代は眼中にない。その理由はどこにあるのだろうか。

 終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて

 例えばこの歌の〈降りますランプ〉のぴったり感だろう。これが「降車ボタンに囲まれながら」であればごく普通の表現、若者たちにはスルーされるだろう。

 ありふれた日常空間を今日的な感触にリニューアルする。そこに穂村の吸引力があり、季節の歌にもその特徴は生きている。

 古今集では秋は藤原敏行「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」から始まる。「おどろかれぬる」は「気づく」といった感触、風に季節の爽やかさを感じたのである。近代の与謝野晶子『みだれ髪』では「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」と花野に出る。どちらも秋ならではの敏感さ、人恋しさだろう。

 その今日版が掲出歌。ナースと犬の親愛感に微笑ましさを見ているが、「優しい巨人」とも呼ばれるグレートデンを選んだ点も絵になって、なにやら和らいだ秋の気分が広がる。主題は普遍的な季節の感受だが、場面設定がそれを今日的なライトな新鮮さにしている。「降りますランプ」のように。第一歌集『シンジケート』からもう二首読んでみよう。

 ハーブティにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり

 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

 前者は温かく膨らんだ春の空気感とドラえもんの組み合わせが楽しい。なぜ嘘つきなのか。なんでも出てくるあの四次元ポケットなどを重ねて楽しめばいいのではないか。後者は体温計をくわえているから「雪だ」が「ゆひら」になる。この「ゆひら」が絶妙だ。

 穂村のデビューは1986年の角川短歌賞次席だが、このときの受賞者が俵万智だったから、大収穫の年である。

 大テーマはないが季節や恋や暮らしを今日的な感触にリニューアルする。それは時代が求めた世界でもあるだろう。

 その穂村ももう60代後半、2018年刊行の『水中翼船炎上中』には「壜詰のアスパラガスのなんだろうこの世のものではないような味」がある。歌の軽やかな魅力に年齢的変化はなさそうだが、この後はどうなるのか、目が離せない。

※この記事は、三枝昻之『百年の短歌』(新潮選書)の一部を再編集して作成したものです。

三枝昻之(さいぐさ・たかゆき)
1944年生まれ。歌人・評論家。早稲田大学政治経済学部卒。歌誌「りとむ」発行人。日本歌人クラブ顧問。山梨県立文学館館長。宮中歌会始選者。現代歌人協会賞、現代短歌大賞などを受賞、旭日小綬章受章。歌集に『暦学』『農鳥』『遅速あり』、歌書に『昭和短歌の精神史』『前川佐美雄』『佐佐木信綱と短歌の百年』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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