いじめと非正規雇用の不安定さに苦しみ自死した「平成の石川啄木」 生前に遺した「切なすぎる短歌」

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 就職氷河期に生まれ、非正規雇用の不安定さに苦しんだ歌人・萩原慎一郎。進学校でいじめに遭って不登校になり、俵万智の作品に出会って短歌を心の支えにした。石川啄木にも通じるわかりやすい表現で現代の若者の困難を描きだした歌人は、第一歌集の出版直前に自らの命を絶つ。

 1984年生まれの歌人の歌がなぜ若者たちの心に響いたのか。宮中歌会始の選者を務める歌人・三枝昻之さんが、105首の名歌を選んで解説した新刊『百年の短歌』から、一部を再編集して紹介しよう

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ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる ――萩原慎一郎

 去年末に刊行されたささやかな歌集が評判を広げている。口語表現のわかりやすさ、しかし内容は今日の青春が直面している困難、そして歌集出版直前に自ら命を絶った痛切。ネットなどで若者が話題にし、NHK「ニュース9」が取り上げたから年齢を超えて反響が広がった。

 話題になる一つが掲出歌。お互いに非正規であることを確かめ合いながら牛丼を食べる。安くてすぐ出てきて、結構おいしい。牛丼はランチに不可欠と若者に聞いたことがある。そのささやかな連帯感をいたわるような「秋がきて」から、ほんのり切ない詩の香りが広がる。

 萩原は1984年東京生まれ。屈指の進学校として有名な中高一貫校に入学、期待に胸を膨らませ中学生活を始めた。しかし入部した野球部でイジメに遭い、通学鞄をゴミ箱に棄てられるなど嫌がらせが続き、やがて不登校気味になった。

 短歌との出会いは俵万智の歌集。日常語に近い彼女の歌を読んで、これなら自分にも作れると感じたのだろう。

 いじめが原因の精神的不調のために正規の仕事に就くことが難しく、20代で非正規雇用の日々となったが、不登校の中高時代を含めて、困難の日々を支えたのが短歌だった。

  頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく

  夜明けとはぼくにとっては残酷だ朝になったら下っ端だから

 手際が悪くて詫びるばかりの日々。働く喜びとは遠いそんな仕事をなぜ辞めないのか。どこの職場も五十歩百歩と身に沁みて知っているからだ。それでも夜は自分の時間、短歌を作り、本を読んで心を自由に遊ばせる。しかし朝になるとまた頭を下げるばかりの下っ端の時間が始まる。切ない自画像である。

 短歌を完全口語の時代にすることが彼の夢だった。歌人としてのその志のために歌集を自らまとめ、タイトルも決めて出版社に入稿、そして歌集『滑走路』を手にすることなく、自ら命を絶った。最後のところで短歌も彼を支えることができなかったわけで、そのことが悔しい。

 萩原の作品はなぜ反響を広げているのだろうか。21世紀になって顕著になった非正規雇用という環境であえぐ青春像の典型だからだろう。そしてその苦悩を共鳴しやすい口語表現で短歌に定着させたからだろう。そこに伝統詩短歌の不思議な生命力も感じる。

  ソプラノでありし少年の日の声はもう戻らないもののひとつだ

  あのときの居場所が今の居場所ではなくなっている冬の公園

※この記事は、三枝昻之『百年の短歌』(新潮選書)の一部を再編集して作成したものです。

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(相談窓口)

・日本いのちの電話連盟
電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)
https://www.inochinodenwa.org/

・よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
電話 0120-279-338(24時間対応。岩手県・宮城県・福島県からは末尾が226)
https://www.since2011.net/yorisoi/

・厚生労働省「こころの健康相談統一ダイヤル」やSNS相談
電話0570-064-556(対応時間は自治体により異なる)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_info.html

・いのち支える相談窓口一覧(都道府県・政令指定都市別の相談窓口一覧)
https://jscp.or.jp/soudan/index.html

三枝昻之(さいぐさ・たかゆき)
1944年生まれ。歌人・評論家。早稲田大学政治経済学部卒。歌誌「りとむ」発行人。日本歌人クラブ顧問。山梨県立文学館館長。宮中歌会始選者。現代歌人協会賞、現代短歌大賞などを受賞、旭日小綬章受章。歌集に『暦学』『農鳥』『遅速あり』、歌書に『昭和短歌の精神史』『前川佐美雄』『佐佐木信綱と短歌の百年』など著書多数。

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