育児放棄のパンチくんが“オラン母さん”を選んだ理由 先輩は“リラ母さん”を支えに 販売元のイケアも喜び「いつか必要としなくなる日が来るのを…」
「ネットのニュースで知って来ました。めちゃくちゃ可愛い」
「ぬいぐるみを持って走ってた!」
こんな声が聞こえてくるのは、千葉県にある市川市動植物園のサル山の前。56頭のニホンザルの群れの中、他のサルとは少し毛色が異なる、黒っぽい子ザルに来園者の注目が集まっている。自分の身体よりも大きい、オラウータンのぬいぐるみを抱え込む姿がSNSで話題になったのは今年の1月だった。
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【可愛すぎる写真15枚】オラン母さんを抱えダッシュ!先輩サルとふれあうパンチ/「若くてイケメン」と噂の飼育員さんの姿も
彼の名前はパンチ。昨年の7月26日に約500グラムで生まれた。飼育員の宮腰峻平さんと鹿野絋佑さんが、当時を振り返る。
「パンチの母親が育児放棄をしてしまったんです。初産だったことも一因かもしれません。母親の年齢が高ければ高いほど育児経験を積んでいくことによって、子ザルの生存率は上がっていく傾向があるのですが、今回は経験のなさが出てしまったのでしょう」
通常、ニホンザルの群れでは他の母ザルが代わりに育児をすることもあるが、パンチの場合はそうした様子も見られなかったという。そこで、宮腰さんたちはパンチを群れから離して、人工哺育を始めた。人工哺育とは、人の手で代用乳や食物を与え育てることだが……。
「成長していく中でサル山の群れに戻りやすくするため、保育器には入れず、なるべく他のサルの匂いや鳴き声が聞こえる場所で哺育をしました」(宮腰さん)
出産後に体力が戻ってきたパンチの母親は、一時、宮腰さんたちがミルクを与えている時にはわが子を見にきていた。しかし人工哺育の時間が長すぎたのか、パンチを抱くなどの母らしい素振りは見られなかった。おそらく、母性が残っているうちに返すことができなかったのだろう。
「サルの本能・生態として、子どもがある程度手元から離れてしまうと、子育てを諦めてしまうんです」(宮腰さん)
当然ながら、子ザルが成長していく過程で母親の存在は不可欠だ。母親にしがみつくことで、安心感だけでなく、生活に必要な筋力を鍛えていくのだが、パンチはそれができない。
そこで飼育員たちは、筒状にしたタオルやぬいぐるみなどをパンチに与え、母代わりになるものを試してみた。その中でパンチが気に入ったのが、今では「オランママ」「オラン母さん」と呼ばれるオランウータンのぬいぐるみだった。やはり同じ“猿”だから……かと思いきや。
「あのぬいぐるみは、もともとインテリアとして園に飾ってあったもの。ほかのぬいぐるみも色々と試したのですが、大体は毛足が短くてツルッとしているじゃないですか。でもあのオランウータンは毛足が長くて掴みやすい。そこも気に入ったのでしょう」(鹿野さん)
“先輩サル”で培った経験
実は、市川市動植物園では、過去にもパンチと同じように子ザルが育児放棄されたことがあった。2008年に生まれたオトメというメスザルだ。最初はタオルにしがみついていたオトメが、歩くようになってからお気に入りになったぬいぐるみは「リラックマ」。群れに返された後も、何かあるとリラックマのもとに駆け寄り、掴まったり上に乗ったりしていたという。SNS全盛の現在であれば、ネット民から「リラママ」「リラ母さん」などのあだ名がついていたのかもしれない――。なお、オトメは2013年に出産し、きちんとわが子を育てた。
「パンチにぬいぐるみを与えてみたのも、オトメの時の経験があったから。ただ、うまくいくかどうかは五分五分というところでした」(宮腰さん)
パンチにぬいぐるみを与えてからは、少しずつサル山にいる時間を増やしていき、1月19日、パンチを本格的に群れに戻した。初めは他のサルに警戒され、威嚇されたりもしたので、“逃げ場”としてのぬいぐるみを手放すことはできなかった。その姿を来園者の一部が、
《ぬいぐるみを持っている子ザルがいる》
とXでつぶやくと、少しずつ認知度が上がり始める。そして2月6日、園が公式Xでお披露目をした。
《人工哺育から群れに戻った子ザルの「パンチ」 X上にも応援コミュニティができたそうです 本日コミュニティの皆様からあたたかい御寄附をいただきました! 大切に活用させていただきます。#がんばれパンチ ←このハッシュタグを付けてみんなの応援をパンチに届けよう! #市川市動植物園 #ニホンザル》
この投稿には、瞬く間に1万5000を超える「いいね」がついた。
「ぬいぐるみを母親代わりに育つパンチを見て、SNSは “#がんばれパンチ”のハッシュタグであふれました」(広報担当・安永崇さん)
来園者も徐々に増え、2月14日の土曜日は例年の約2倍に。また15日の日曜日は《スタッフ一同これまで経験したことのない想定外の賑わい》となり、入園待ちの列が長く延びた。
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