幼子の納棺式で母親が叫んだ「触らないで!」 ベテラン納棺師が下した意外な決断とは

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 同時に、肉親を亡くした遺族の気持ちに寄り添い、棺のお蓋が閉じられるまでの最後のお別れの時間をサポートする。

 死で繋がりが途切れるのではなく、お別れの時間を通して、家族は絆を紡ぎ直してゆくのだ──。

 4000人以上を見送ってきたベテラン納棺師の大森あきこさんが、忘れられないお別れを綴った『いつもの場所に今もあなたがいるようで』から、病気で逝ったまだ小さな娘を見送れずにいる母親のエピソードを紹介します。

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補助輪つきの自転車と三輪車が置かれた玄関

 遺族がいる故人のご自宅に行くときはいつも緊張します。それは納棺師になりたての頃から変わりません。まして、小さなお子さんとのお別れのお手伝いは、いつも以上に足取りが重くなります。

 葬儀の担当者さんと合流し、新しい住宅エリアの一角に建てられた家の前に立ちます。玄関先には補助輪が付けられた小さな自転車と三輪車が日常のかけらのように置かれています。

 担当者さんが呼び鈴を鳴らすと、優しそうなお顔の30代ぐらいの男性が対応してくれました。喪主であるお父さん、と紹介されお部屋に上がります。平日の午前中、本来なら洗濯機の音、テレビの話し声、小さな足音が響いているはずなのに……。布団に横たわる小さな女の子を見た瞬間、世界の音がすっと遠ざかるような気持ちになりました。ソファに座っていた女性がスッと立ち上がり、会釈をしました。まるで怒っているような緊張した気配を身にまとっています。

 どうやったら安心してもらえるのか。部屋に入った時からそればかりを考えていました。

 とにかく、やるしかないと覚悟をきめて、着せたい服があればお着せ替えができることや、これからお別れの時間を安心して過ごしてもらえるように体の状態を見せてもらいたいことなど、出来るだけわかりやすく説明したつもりでした。お父さんは何度もうなずきながら「お願いします」と言うと、着せたい服を子供部屋に取りに行きます。

 しかし、お母さんからの返事はなく、また硬い表情のままソファへ腰かけました。私たちが布団の周りで静かに作業の場所を整えている間も、お母さんの視線は、天井と組んだ自分の両手の間を往復していました。何か言いたいことがあるかもしれない。納棺式が始まったらその言いたいことが言えるといいなと思いながら、お布団を捲ろうとした時、お母さんが「触らないで!」と大きな声を出しました。ビクッと体が反応した後、私も葬儀担当者も動きが止まりました。

 その声が聞こえたらしいお父さんも、慌てて部屋に戻ってお母さんの傍に駆け寄ります。

 ドキドキと鳴る心臓とは裏腹に静かな部屋の中で、もう一度、お母さんの「触らないでください」の小さな声がはっきり聞こえました。

 触らない選択が私にあるのか? という疑問が頭の中に浮かびます。それと同時にたくさんの亡くなった人に触れてきたことが頭を駆け巡り、もしかするとその中にも触ってほしくなかった人もいたのかもしれないと急に悲しい気持ちになりました。

 もともと感情が揺れ動くタイプの私。仕事中は意識して自分の感情をもう一人の私で感じるようにしています。「触れちゃダメって言われたら何もできないよね。だから悲しい気持ちになってるんだね」。もう一人の自分が俯瞰で話しかけてくると少し冷静になります。これはこの場所ではいらない感情と思い直し、もう一度お母さんへと目をむけます。

触らない宣言

 お母さんは何度か大きく息を吸ったり吐いたりした後、心配するお父さんに話します。

「病院であんなに頑張ったんだから、もうだれにも触れられたくない」

「りっちゃんが着替えたいって言ったら、りっちゃんの好きなものを着せてあげる」

「りっちゃんがやってほしいことを言ってくれたら、全部やってあげたいけど、今は何も言ってくれない」

 涙を流しているわけでも、取り乱しているわけでもありません。それなのにお母さんの悲しい気持ちが、今日会ったばかりの私にも伝わってきます。

 少しの沈黙の後、この日初めてお母さんと目が合いました。

 安心してもらうためにはこれしかないだろうなと思い、口をついて出た言葉は、

「お母さん、私、触らないのでお布団かけ直していただけますか?」

 触らない宣言をしちゃいました。納棺師としてお仕事しに来ているのにどうしよう!ともう一人の私が戸惑っています。

 お母さんが一度、お父さんの顔を見ました。そしてお父さんに促されながら一緒にりっちゃんのお布団の前に座りました。すこしだけ怒りと緊張のオーラが形を変えたような気がしました。

 お父さんが優しく布団を直し、ポンポンと胸のあたりを撫でています。

「頑張ったね」

 そんなお父さんの言葉に涙が溢れ出したお母さんの声が続きます。

「りっちゃんの声がききたいよ」

「しんどかったでも、辛かったでもいいから、ママに教えてよ」

 まるでせき止めていた言葉が溢れてくるみたいに止まりません。

 担当者さんに肩を叩かれ、それが「この場を離れよう」のサインだとすぐに気づきました。

 私たちが廊下に出た後も家族の会話は続いていました。りっちゃんへの言葉と泣き声が小さく聞こえてくる廊下で、担当者さんが小声で言いました。

「もし、体の変化があったらまた連絡するね」

「触らない宣言しちゃってすいません」

 と私が言うと、

「あれが正解」

 と笑ってくれました。

ぷっくりとしたほっぺたに触れ、震えていたお母さんの指

 はじめは途切れることなく聞こえていたりっちゃんへの言葉も、少しずつ間が開いたころ、部屋に戻ります。

 部屋に戻った私たちに「ありがとうございました」とお母さんが声をかけてくれました。

 心の中で「何にもしてないんだけどな」と思いながら会釈で答えました。

 お布団を挟んで正面にすわると、ご両親の顔もさっきとは違って見えました。その顔を見ると私にも少し勇気が湧いてきて、

「お顔とお体の保湿をしてもらいたいのですが、お父さん、お母さんにお願いしてもいいですか」

 と提案することができました。

 お父さんは「はい」と言うとお母さんを見ました。「お願いします」というお母さんの答えにホッとして、メイクボックスから保湿クリームを出します。さっきまでお互い目を合わさないなぁと思っていたお父さんとお母さんが、今は何度もお互いを見て気遣っています。

「まずはお顔からお願いします」とクリームを出すとご両親は指でクリームをすくい、ぷっくりとしたほっぺたにゆっくりと触れます。お母さんの指は震えていました。

「冷たい」

 そう言うと手を離し、リビングにあったティッシュで涙を拭います。

 その間もお父さんは、その大きな手には不釣り合いなほど優しく、しずかに円を描くように保湿クリームをつけていきます。

 その後しばらくは涙を拭きながら見ていたお母さんも加わり、顔、手足に時間をかけてクリームを塗っていました。

 今日はこれだけでいい。着せ替えする時間も、化粧する時間もいらないのだから。

 クリームを塗りながら「気持ちいいね」と声をかけたり、腕に残った注射の痕を見て「痛かったね」「頑張ったね」と涙を流したり、「りっちゃんのママで幸せ」「ありがとう」と何度も声をかけています。しかし、声を聞かせてほしいというお母さんの願いはかないません。その言葉に返ってくる声はないのです。

 何度も繰り返される静かな手の動きや声掛けが、私には祈りのように見えました。もう苦しまないように。この子のいる場所が幸せな場所でありますように。この子が人生を幸せだったと思えますように。

ご家族から教えてもらったこと

 納棺式の最後には棺の中にお体を移す時間がきます。お母さんとお父さんに、

「これからお体を移動する際に、りっちゃんの体に触れてもいいですか」

 と聞くと、

「お願いします」

 と微笑んでくれました。

「大丈夫だよ」「怖くないよ」とりっちゃんに声をかけるお父さんとお母さんの言葉を、りっちゃんがそのまま二人に返しているような気がします。

 さっきまでの私は不安でした。納棺師としての私ができることは、ほんのわずかでした。仕事を放棄してしまっているのではないかとも思います。それでも、あの時間の静けさを守るために、「触らない」という選択ができてよかったと今は思っています。

 お別れの時間は、一人ひとり違います。涙で始まる人もいれば、沈黙で故人に語りかける人もいる。ただ、たしかに言えることがひとつあります。私たち納棺師が呼ばれるのは、ご遺族が安心して旅立ちを見送るための、そして亡くなった方が最後まで「その人らしく」いられるためのスキルや技術を持っているからです。

 最近、葬儀ではいろんなことが省略されたり、スタッフが遺族の代行を求められることがあります。けれど、もっとも大切なのは、ご遺族自身の手で、大切な人を送る時間を持つこと。それを、私はあのご家族から教えてもらいました。

大森あきこ(オオモリ・アキコ)
1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。納棺師の育成やエンゼルケア講師としても活動。2025年一般社団法人ツナギノ森を設立。遺族のサポートをする医療・介護・葬儀の業界の方や一般の方向けのセミナーやワークショップなどを開催中。著書に『最後に「ありがとう」と言えたなら』(新潮社)

デイリー新潮編集部

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