ご遺体とハイタッチがしたい――バスケ一家のお父さんのお見送りで「納棺師」が見た家族の絆が結び直される瞬間

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 故人を棺に移す納棺式は、遺族が故人の手やお顔に触れられる最後の時間。

 故人の好きだったものや旅立ちに持たせたいものを副葬品として添え入れた後は、お蓋が閉じられてしまうからだ。

 それでも、家族のつながりは死によって途切れるものではない。お別れの時間を通して、家族は絆を紡ぎ直してゆく。

 バスケコーチだったお父さんの体にチームTシャツをかけてあげた教え子でもある娘さんが、お父さんとのいつもの約束だったあいさつ代わりのハイタッチをすると……。

 4000人以上を見送ったベテラン納棺師の大森あきこさんが今も忘れられないお別れの時間を綴った『いつもの場所に今もあなたがいるようで』から、家族の絆を垣間見たというエピソードを紹介します。

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家族のそれぞれの「お約束」

 家族の中には、それぞれの「お約束」があるように思います。頑張ったときには、お父さんが頭を撫でてくれる。テストでいい点数をとったら、お母さんがとんかつを揚げてくれる。家族に嬉しいことがあったときには、みんなで万歳三唱をする……。

 日々の暮らしの中で、何度も繰り返されていく「お約束」。

 大切な人とのお別れは、まるで、亡くなった人との関係が切れてしまったかのように感じることもあります。繋がりを見失いそうな家族が「お約束」によって、もう一度繋がることがあります。

 癌で亡くなったお父さんとその家族にも、そんな「お約束」がありました。バスケットボールのコーチだったお父さん。娘さん二人も、お父さんの少年団バスケチームの卒業生です。

 自宅のリビングに通され納棺式の準備をしているときから、姉妹のお話が盛り上がっています。30代後半の娘さん二人にお母さんが加わり和やかな雰囲気の中、納棺式を進めていきます。

「休みの日も練習ばかり。試合の最中も、厳しい父だった」

「勝っても負けても、笑顔の父は見たことないくらい」

 布団に寝ているようなお父さんの体に、少年団のチームのTシャツを掛けながらそんな話をしてくれました。

 亡くなったお父さんのドライシャンプーを終えて、家族に確認した「いつも通りの分け目」に沿って櫛を入れていきます。髪の毛は、ご家族に梳かしてもらうこともできるのですが、会話が続いている今は、お声がけしてお父さんの思い出話を中断させたくないようなそんな気持ちになりました。

 娘さんたちとお母さんの会話をお父さんと聞きながら、髪の毛を整えていきます。

「あれは、お父さんの愛情表現よ」

 感情を表に出すことがなかったお父さんは、練習でも他の子供たちはもちろん、娘たちにも感情的にはなりません。試合が終わったときでさえ、一緒に喜ぶことも怒ることもなかった。ただ試合があった日だけは、いつもと違う「お約束」があったそうです。

 寝る前に「おいっ」と呼ばれて、ハイタッチ。笑顔でもなく、褒めるわけでもなく、「おやすみ」と言いながらの、無表情のハイタッチ。

 勝ってウキウキしたときも、失敗して自分を責めているときも、本当は一緒に喜んだり、怒ったりしてほしかったけど、お父さんとハイタッチすると全部が大丈夫と思えた―お姉さんのそんな言葉の後は、今までにぎやかだった部屋が静かになりました。

 悲しいだけじゃない、楽しい思い出だけじゃない……言葉では表現できないような空気が部屋いっぱいに広がっていきます。

「……あれ、なんだったんだろうね」としんみりした時間を笑い飛ばすように妹さんが言いました。

 「あれは、お父さんの愛情表現よ」

 お母さんがそう答えました。

 となりの部屋で遊んでいた小学生の男の子が、お母さんであるお姉さんのもとに走ってきました。となりの部屋でパパと妹さんと一緒に作った折り紙の剣を、私にも見せてくれました。

「おじいちゃんのために作ったの?」

 そう聞くと、

「そうだよ」

 とおじいちゃんの枕元に置きました。

 思い出話は続いていきます。感情表現が下手だったお父さんも、おじいちゃんになってからは、まるで人が変わったようににこやかになったようです。孫には、いつもニコニコ笑顔。歩けるようになったら「すごいなー」とハイタッチ。「じーじ」と言えたら「なんだ、なんだ」とハイタッチ。

 きっとこの男の子もおじいちゃんの愛情をたくさんもらったお孫さん。

 今も、孫が折った折り紙を見ながら、孫を褒めてハイタッチしようとしているおじいちゃんの姿がすぐに想像できました。

「お父さん、最後までよく頑張りました!」

 棺の中に移動したお父さんのそばで、家族の会話が続きます。

「お父さん、最後にもう一回だけ……」、そう言ってお姉さんが体の横に置かれたお父さんの手にタッチをします。じゃ私も、と妹さんが、

「お父さん、最後までよく頑張りました!」

 お父さんの手の甲にタッチします。

 妹さんは手をそのままお母さんの顔の前に上げて、ハイタッチの形をつくりました。

「お母さんもお疲れ様でした」

 お母さんとハイタッチをした後、お孫さん、娘さんのご主人も含め、家族みんなでハイタッチを交わしました。

 背の低いお孫さんたちもぴょんぴょん飛びながら楽しそうに手を合わせています。お孫さんがその勢いのまま私の前にも手を出します。

 お父さん万歳! そう思いながら私も一緒に手を合わせます。

 それは、家族全員の「お約束」で、いなくなったお父さんを家族の中に感じることが出来た瞬間でした。こうやって私は亡くなった方やご家族に大切なことを教えてもらいます。

 これから火葬が終わると、その後にはお父さんの手に、もう一度触れることはできません。それでも「お約束」の記憶は、家族の中でずっと生き続けます。ハイタッチは、幸せのかたちとして、これからも繰り返されていくのかもしれない。

 亡くなっても、絆は消えません。むしろ、そこからもう一度、繋がり直すことがあります。お別れの時間は悲しいだけの時間ではありません。納棺式が繋がり直しの時間になったら、お手伝いしている私たちまで幸せな気持ちになります。

大森あきこ(オオモリ・アキコ)
1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。納棺師の育成やエンゼルケア講師としても活動。2025年一般社団法人ツナギノ森を設立。遺族のサポートをする医療・介護・葬儀の業界の方や一般の方向けのセミナーやワークショップなどを開催中。著書に『最後に「ありがとう」と言えたなら』(新潮社)

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