安野貴博「チームみらい」→11議席 石丸伸二「再生の道」→供託金没収 なぜここまで差が開いたのか
自民党の圧勝で終わった衆院選だが、安野貴博党首(35)率いる「チームみらい」の躍進も注目された。ところで、みらいと同じ頃に設立された石丸伸二氏(43)の「再生の道」も候補者を擁立していたことをご存じだろうか。
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チームみらいは衆院選で5議席の獲得を目標とし、小選挙区で6人と比例区単独で9人の計15人(のちに比例名簿から1人を抹消)を擁立。目標を大きく上回る11人が当選した。それまで衆議院で議席を持たなかったことを考えると、大躍進と言っていい。
一方、再生の道からは東京2区に天野こころ氏(36)、東京18区に吉田綾氏(40)の2人が立候補した。天野氏は4162票、吉田氏は8330票を得たが、いずれも最下位で落選。有効投票総数の10分の1に満たなかったため供託金も没収された。
なぜこの2つの党を並べるのかといえば、再生の道を設立した石丸氏は、かつて安野氏と都知事の椅子を巡り競い合ったからだ。
近年、あまりに選挙が多いため、記憶がおぼろげな方もいるかもしれない。2人が揃って出馬したのは今からおよそ1年半前、2024年7月に行われた東京都知事選挙だった。
当選したのはもちろん小池百合子氏(73)だが、次点につけたのが対抗馬と目されていた立憲民主党の前参議院議員・蓮舫氏(58)ではなく、広島県安芸高田市の前市長・石丸氏だったことで大いに注目された。小池氏の約292万票に対し、地盤のない石丸氏はYouTubeやSNSでテレビなどの既存のメディアを厳しく批判するネット戦術を展開し、約166万票を獲得。“石丸旋風”とまで呼ばれた。
対して、初めて選挙に出馬した安野氏といえば、泡沫候補の扱いだった。5位の15万4638票は30代の都知事選候補者としては史上最多の得票数ではあったものの、供託金は没収された。石丸氏の10分の1にも届かぬ得票だったのだ。この2人、どこで差がついたのだろう。社会部記者は言う。
あっという間に消えた“旋風”
「石丸旋風の期間はそれほど長くはありませんでした。都知事選から3カ月後の24年10月に行われた衆院選で、石丸氏は出馬するようなしないような曖昧な態度を見せ、結局、不出馬。翌25年1月に政治団体『再生の道』の設立し、6月に行われる都議選の候補者を公募しました。応募者は1128人もあり、最終面接はYouTubeで公開するという手法も注目されましたが、結果的に勢いはここまでだったのかもしれません」
都議選には35の選挙区に42人を擁立したが、全員が落選した。
「ここで石丸氏が出馬していれば、流れは変わったかもしれません。メディアの世論調査では、石丸新党に“期待しない”が6割にもなり、旋風どころか無風状態となりました。都知事選では居丈高に記者の質問を“論破”し、マスコミの締め出しまでしていましたが、都議選では打って変わって『マスメディアの皆さんに大変期待しております』と言い出すなどキャラ変も指摘されました」
都知事選からわずか1年後のことだ。片や安野氏は25年5月に政治団体「チームみらい」を設立するも、都議選には自身を含め候補者を擁立することはなかった。
続く7月の参院選で両党は相まみえた。
「両党とも初の国政選挙となり、国政政党の要件を満たすことを目標に掲げました。再生の道からは選挙区に1人、比例区に9人の計10人を擁立しましたが、当選者はゼロ。ここでも石丸氏は出馬しませんでした。一方、みらいは選挙区に12人、比例区に安野氏を含む3人の計15人を擁立し、安野氏が議席を獲得。得票率は2・6%となり、政党要件も満たしました。ここで両者の差は決定的になったと言えます」
参院選で再生の道は「党として政策を立てない」としたことも話題となった。
「話題にはなったものの、かえって何がやりたいのか伝わらなくなりましたね。開票後の会見で石丸氏は『再生の道としてできることはしっかりと全部できた』とコメントしましたが、負け惜しみとしか思えませんでした」
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