「立憲民主党」大惨敗は必然だった!? これで3度目「駆け込み新党立ち上げ」での敗北 「野田」「安住」「枝野」「岡田」…15年前と変わらぬ顔ぶれの党運営
13年間、政権を奪還できず
中道改革連合は、立憲民主、公明両党の結合による票の底上げを狙ったものだった。しかし、計算通りに「1+1=2」にはならなかった。小池知事との連携効果を狙った、民進党による希望の党への合流も、結果は芳しくなかった。
これらを踏まえれば、民主党の系譜を引く立憲民主党などが衰退してきたのは、新党設立や党名変更に依拠してきたことが一因との見方も成り立つ。
一方で厳然たる事実として言えるのは、野党第一党の座を占めてきた民主党系政党は、12年末に当時連立を組んでいた自民、公明両党に政権を明け渡して以降、実に13年間、政権を奪還できていないということだ。
公費助成の趣旨を損なう結果に
多くの批判もあった小選挙区中心の現在の選挙制度は、金権選挙を根絶すると同時に、政権交代可能な二大政党制をつくることが主眼とされた。現在は多党化時代を迎えたというが、それはあくまで結果論である。
政党交付金制度は小選挙区制と同時に導入された。その観点では、交付を受けながら長年、野党第一党が政権交代を果たせていないのは、政党に対する公費助成の趣旨を損なうと言っても過言ではない。
中道改革連合は執行部人事など党再建への取り組みに着手した。しかし、未曽有の大敗の後遺症の重さは計り知れない。政権奪還可能な野党と言えるまでに再生するのに要する歳月は、想像を絶するものになりかねない。
翻ると、12年衆院選で民主党が50議席台に激減した際も「壊滅的」との表現で報じられ、政権奪還への道のりの険しさが指摘されていた。再生してきたはずの野党が、13年後にまた「壊滅」したのだから、回復は気が遠くなるばかりだ。
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